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山崎行政書士事務所

キャバクラ戦争




第一章:ささやかな依頼

 冬の夕闇が降りる頃、ビルの谷間でひっそりと灯る看板——「佐々木行政書士事務所」。 ここで働く佐々木圭介(ささき・けいすけ)は、街の中小企業や飲食店を相手に、各種許認可や契約書関連の手続きを引き受けていた。静かな日常の中、ときどきやってくる風俗営業許可の更新依頼も、そのひとつにすぎない。 その夜、事務所のドアを押し開けて入ってきたのは、華やかな毛皮のコートを纏う中年女性——**バー「ルージュ」**のママ、橘(たちばな)梨花だった。

「佐々木先生。ウチの風俗営業許可の更新、ぜひお願いしたいんですわ。書類の準備、例年どおりでいいんですけど……今年は少し事情が込み入っているの」

 橘はそう言いながら、煌めくネイルの先で書類の山をそっと差し出す。その仕草からは、ただならぬ緊張感が伝わってきた。

「競合店がね、最近ウチにちょっかい出してくるのよ。たとえば、客が終電過ぎても延長させたり、風営法スレスレの接客をしてるとか。で、お互いに警察へチクリ合う状態……。正直、心が休まらないわ」

 彼女の言う“競合店”とは、同じビルの上階にあるキャバクラ**「オデッセイ」**。かつて一度、許可更新の相談で名前を聞いたことがあるが、詳しい内情までは知らなかった。 「まぁ、うちは正当に営業しているから、密告されても痛くもかゆくもないわよ」——そう橘は言うが、その目が泳いでいる気がする。これはただの“水商売のいざこざ”で片付けられる話ではないかもしれない……。

第二章:もう一軒の依頼

 翌日、佐々木が書類整理に追われていると、電話のベルが鳴った。番号を確認すると、先日「オデッセイ」の名で連絡をくれた人物だ。 電話口に出ると、男の声が聞こえる。

「はじめまして。私はキャバクラ『オデッセイ』の店長、**榊(さかき)**と申します。実は、風俗営業許可の更新を依頼したく、先生にご相談を……」

 「また別のキャバクラからも同じ依頼……?」 嫌な胸騒ぎがした。橘の店と“警察へのチクリ合い”をしているライバル店が、奇しくも同じ行政書士である自分を頼ってくる。 「しかし、仕事は仕事だ」 佐々木は気を引き締め、榊との面談を承諾。こうして、二軒の敵対するキャバクラの両方を相手にする、奇妙な二重依頼が始まった。

第三章:対立と密告

 キャバクラの風俗営業許可の更新書類自体は、決して珍しいものではない。ただし、店の経営実態や営業形態が“グレー”だと、警察が厳しくチェックしてくる。 橘の「ルージュ」は長年の老舗だが、榊の「オデッセイ」は新興勢力で、オーナーの詳細は不透明。お互いに「相手の店は違法営業だ」と警察に密告しているという。 実際、佐々木の事務所にも両者から「相手を出し抜くための情報提供」と称した電話が何度か入る。 「先生、オデッセイさんって、どうも従業員の管理が怪しいみたいですよ」(橘) 「先生、ルージュの方が絶対裏で営業してるんですよ。従業員の時給が法外な設定で……」(榊)

 両店の対立は日に日にエスカレートしているようだ。手続き代行を依頼されているとはいえ、これほど泥沼な争いに巻き込まれるのは初めてかもしれない。佐々木は中立の立場を保とうと努めながらも、少なからず神経をすり減らしていた。

第四章:背後に潜む巨大利権

 そんなある日、佐々木は警察の風俗担当者と連絡を取る機会があった。両店のトラブルを相談するためだが、その際、担当者の口から意外な話が出てくる。

「実は、あの辺り一帯の再開発計画が動いているんですよ。上層部には政治家や地元有力者が絡んでいて、ビルごと買い取ろうという動きもあるとか。キャバクラ同士の対立が激化しているのは、その布石かもしれませんね」

 「再開発計画……」 何気なく聞いただけだが、どうやらキャバクラ同士の小競り合いだけでは説明がつかない裏事情があるのではないか。どちらかの店(あるいは両店とも)が再開発の利権に関わり、店舗を巡る地権者や政治家との攻防が隠されているのかもしれない……。

 佐々木は何度かビルを訪れ、周辺のテナントや不動産会社にも話を聞いた。すると、ルージュの橘が一部の地権者と親しく、再開発を有利に進めるために暗躍しているという噂がある。一方、オデッセイの榊も別の有力者と繋がっているらしく、同じビルに居座ることで“土地転がし”を狙っているという話も耳にした。

第五章:揺れる中立

 両店は更新期限を控えて、ますます警察を警戒している。一度の違反摘発で、営業許可の更新が下りなければ廃業のリスクすらあるからだ。 橘は佐々木に無理難題を吹っかける。 「うちの店は絶対に問題ない書類にしてちょうだい。警察が何を言っても太刀打ちできない完璧なやつをお願いね」 そして榊も負けじと。 「ルージュを潰してくれとは言わないけど、こっちに有利になるよう工夫してもらえませんか? お礼はしますよ。いや、もちろん法的に問題ない範囲でね」

 二人から板挟みにされ、佐々木は頭を抱える。 「私はあくまで法に基づいて手続きを行う。どちらかに肩入れはできない……」 その言葉を聞くと、両者ともに険悪な表情を浮かべ、佐々木が“敵”に回ったと思い始める。

第六章:一人の死

 事件は突然起こる。ある夜、“オデッセイ”のスタッフがビルの非常階段から転落死したのだ。表向きは事故だが、警察には他殺を疑う声もある。 スタッフは榊の側近として働いていた男で、ルージュの関係者と何らかのトラブルを抱えていたとの噂が飛び交う。実際、その男が死ぬ直前にSNSで「真実を話す」と言っていたという情報も出てきた。 佐々木は暗い衝撃を受ける。風俗営業許可の手続きという“仕事”だけのはずが、これほど危険な事態に発展するなんて。 「ここまで泥沼化する理由は何だ? 再開発の利権以外にも、まだ何か隠されているのか?」 そんな疑念が募る中、佐々木のスマホに送られてきた一通のメッセージが事態を大きく変える。

「あなたが動かなければ、次に狙われるのはあなただ——」

 差出人不明の脅迫。明らかに自分が巻き込まれ始めたことを自覚する。

第七章:浮かび上がる巨大構造

 私は(佐々木視点として)意を決して、再度警察署へ赴き、担当者と意見を交わした。どうやら警察内部にも両店が関係する圧力がかかっているという。利権構造には地元政治家、暴力団のフロント企業、不動産ブローカーなどが絡み、キャバクラはその“表の看板”にすぎない。 「橘も榊も、どこかの勢力に利用されている可能性が高い」 担当者はそう断言する。つまり、ルージュもオデッセイも、背後にある権力構造を頼りに互いを潰そうと画策しており、その過程で“死人”まで出ているのか……。 中立を貫こうとする私はすでに両者の“邪魔者”に成り果てていた。脅迫メッセージや不穏な視線を感じることが増え、事務所のドアに傷をつけられたりもした。

第八章:真相と決断

 風俗営業許可の更新期限が迫る中、から一通の電話が入る。ひどく焦った声だった。

「先生……助けて。ウチの従業員が脅されてるの。あっち(オデッセイ)か、その裏の連中か……もうどうしたらいいか……」

 そして少し間をおいて、毅然とした口調に変わる。 「私、もうこれ以上こんな争いを続けたくない。店を守りたいけど、警察が動かなきゃどうしようもないわ。お願い……私たちのやってきたこと、全部洗いざらい話すから」

 一方、榊からも連絡があり、矛盾する話を聞く。 「あっちこそ、暴力団と繋がって違法な営業をしてるんですよ。次に事件が起きたら、俺たちが犯人に仕立て上げられる」 どちらが真実を語っているのか。もしくは両方とも何かを隠しているのか。

 最終的に私は、両者が出席する形で警察の担当官の立ち合いのもと、話し合いを提案する。背後の権力構造がどうあれ、表向きの“風俗営業許可”を境に両店とも大きな打撃を受けたくないはず。そこで正々堂々と語ってもらおうとしたのだ。 「私が用意する契約書類には嘘が書けません。もしウソで塗り固めた書類を出せば、警察に即バレるでしょう」 そう宣言して場をセッティングすると、なんと直前になってオデッセイ側が逃げるように失踪。オーナー名義の人物も行方をくらませ、店は閉店に追い込まれたとの噂が流れる。大金を持ち逃げしたのではないか——。

 その結果、ルージュだけが残った。橘は警察に協力姿勢を示し、違法営業スレスレの部分を自ら洗い出して改善を約束。更新申請は通る見込みとなった。だが橘が心底ホッとした様子には見えない。大きな力が動いたのか、それとも彼女自身が何か裏取引をしたのかもしれない——真相は闇の中だ。

終章:静かな余韻

 キャバクラ同士の対立は一応の終焉を迎えたかに見えた。オデッセイは消え、ルージュはかろうじて生き残り。人が亡くなった事件も、警察が捜査を続けているが、背後の利権構造は明確に浮かび上がらないまま。 私は中立を貫き続けた結果、“邪魔者”として排除されそうになったが、事務所に危害が及ぶことはなんとか回避できた。結局、何が正義で何が悪なのか——風俗営業という一つの業態を巡り、人間の欲望や権力の思惑が交錯する深い闇を垣間見ただけだった。 冬の夜風が冷たい。明かりの消えたオデッセイのフロアを見上げながら、私はふと橘の言葉を思い出す。 「こんな商売でも、信頼がなければやっていけないの。世の中、うまくできてるわ」

 ビルの向こうで街灯がぼんやりと灯っている。そこには、誰も気づかない巨大な権力の影が、いまも息を潜めているのかもしれない。 ――キャバクラ戦争と呼ばれた一連の騒動は幕を下ろした。しかし、その背後に広がる闇は、いつかまた別の形で牙をむくのかもしれない。そんな予感を胸に、私はコートの襟を立て、冷たい風の中を歩き出した。

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