第一章:相談の電話
雨上がりの夕暮れ、都心のビル群がオレンジに染まる中、佐伯(さえき)行政書士事務所に一本の電話が入った。 「助けてほしいんです。うちの電子契約システムが何者かに改ざんされて……顧客と大揉めになってるんです!」 切羽詰まった声の主は、小さなIT企業「プラウドネット」の社長、三島(みしま)和夫。佐伯は受話器を握り、眉をひそめた。 契約トラブルの書類サポートくらいならよくある話だが、“改ざん”という言葉が妙に胸にひっかかる。電子契約が当たり前の時代とはいえ、そこに潜む闇はどれほど深いのか――佐伯は嫌な予感を覚えつつ、三島の事務所へ駆けつけることを即決した。
第二章:クラウド認証の波紋
三島の会社は、クラウドサービスを利用して顧客向けに電子契約を提供していた。取引先からのアクセスで契約内容を確認・締結し、それを保管する……本来は便利で効率的なシステムだ。 ところが、ある日、顧客から「締結したはずの契約内容が違う」と苦情が寄せられ、調べてみると、確かに契約データが書き換えられていた。しかもシステム上は正しく署名付きで承認されているかのように見える。 「そんな馬鹿な話が……!」 三島は頭を抱えて言う。「うちのクラウド認証システムは、大手のアヴァンスクラウド社が提供しているんですよ。なのに、改ざんなんてありえません!」 佐伯は唇を噛みしめ、画面に映る契約書を睨む。「何か大きな脆弱性があるんじゃ……」 彼の胸にうっすら寒気が走った。
第三章:疑惑の大手企業
翌日、佐伯はアヴァンスクラウド社を訪ね、システム部門の責任者と面会した。広い応接室で応対に出たのは若い部長、郷田(ごうだ)。 「弊社の認証システムは数千社が利用しています。セキュリティに問題があるとは到底考えられませんね」 郷田は微笑しながらも、その瞳には威圧感がある。「そちらの顧客側のミスでは?」と突き放すように言う。 しかし、佐伯はクラウド認証の仕組みを調べるうち、いくつかの怪しい痕跡を見つけていた。「このアルゴリズムの一部、実は以前から問題視されてたのでは?」 郷田は一瞬だけ言葉を詰まらせたが、すぐに「公には何も確認されてません」と言い逃れる。佐伯は確信に近い手応えを得る。「この企業、セキュリティリスクを隠してるんじゃないか」――。
第四章:隠された脆弱性
三島の企業が使っていたシステムを徹底調査していた佐伯は、思いがけない資料を入手する。アヴァンスクラウド社の内部文書らしきファイルだ。そこには**「認証プロセスの脆弱性発生リスク」と題されたレポートがあり、「パラメータ改ざんにより署名が偽造される可能性」が指摘されていた。 「やはり……」 もしこれが事実なら、大手クラウド企業がリスクを把握しながら隠蔽していたことになる。利用企業の多くは安全だと信じて導入し、今回のような改ざんが現実に起きてしまったのだ。 佐伯は腹立ちを感じながらも、冷静さを失わないよう書類をまとめる。「これ、もし表に出れば大問題だ。だが証拠を固めないと……」** さらに提携する弁護士とも連携し、被害企業である三島の会社を守る法的シナリオを準備する。大企業を追及するには、それなりの武器と覚悟が必要だからだ。
第五章:攻防と暴かれる真実
やがて、三島の会社へのクレームはさらに広がりつつあった。契約データが意図せず変わっていた顧客が他にもいるかもしれない――と噂が立ち、株価下落の危機にも直面する。 そんな中、アヴァンスクラウド社の郷田が再び三島と会談。 「これ以上騒ぎを大きくしないでください。弊社が協力しますので、何とか穏便に……」 郷田の口調はまるで脅しに近い。だが佐伯は怯まない。テーブルに内部文書のコピーを置き、「実際に脆弱性があったこと、わかっているんです。なぜ改善せず放置したんです?」と切り込む。 郷田は動揺を隠せず、「それは……弊社の利益を考えた経営判断で……」とつぶやく。そこへ三島が拳を握り、怒りをぶつける。「ふざけるな! うちを犠牲にするつもりだったのか!」 部屋には重苦しい沈黙が漂う。
第六章:決断と法の力
ついに事態はメディアにも漏れ始め、**「大手クラウド企業の認証システムが改ざんリスク」という見出しが踊る。アヴァンスクラウド社は株価下落に怯え、必死に弁明するが、隠蔽の事実が否定しきれない。 佐伯は三島と協議し、「このまま事実を公表して被害拡大を防ぎ、賠償や救済措置を企業同士で話し合う」**道を模索する。弁護士とも連携し、法的根拠を整え、交渉の準備を進める。 郷田らは抵抗するが、もはや世論の注目を浴びる中、折れざるを得ない。最終的に、アヴァンスクラウド社は認証システムの脆弱性を公式に発表し、改修プログラムを提供。三島の会社を含む被害企業には補償を実施することで和解に至る。
最終章:未来への希望
事件後、三島の会社は電子契約サービスの運営を再開。改ざんリスクを取り除いた新システムへ移行し、利用客の信頼を取り戻そうとしている。 一方の佐伯は、事務所でほっと息をつく。 「クラウドや認証システムは、便利な反面、脆弱性が致命的なトラブルを生む。それを隠してはいけないし、ちゃんと法のルールの下で管理されるべきなんだ」 彼はコーヒーを飲みながら、次なる仕事に思いを馳せる。大企業と闘うのは容易ではなかったが、被害に苦しむ中小企業を守れたことに大きな充実感を覚えている。 窓から見下ろす街では、クラウドサーバーから流れるデータの光がビルを照らしている。あの闇を乗り越え、また一歩、社会は進化していくのだ――そう信じ、佐伯は静かに微笑む。
――クラウド認証の闇が暴かれた日、ITと法の狭間に、人の想いが確かに息づいていた。
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