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ラグジュアリーブランドの世界

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月25日
  • 読了時間: 11分




序章:ガラス越しの誘惑

東京・銀座——。きらびやかな街灯と高級車のヘッドライトが織りなす夜の大通り。歩道には、ショーウィンドウを食い入るように見つめる人々の姿がある。ガラスの向こうには「リュクール」の新作トランクが煌めき、完璧なステッチワークと革の光沢が、一目で“最高級”を物語っていた。

通りを急ぎ足で進む男——三條岳士(さんじょう たけし)は、高級ブランドを専門とするコンサルタント。洗練されたスーツに磨き上げた革靴が、彼の仕事柄を端的に示している。彼はこの日も銀座で、新たなプロジェクトの打ち合わせを終えたばかりだった。

第一章:リュクール銀座本店の重厚感

三條が働くのは、国内外の一流ブランドを支援するコンサルティング会社。創業から10年、彼は数々のブランド戦略を手がけ、その手腕を評価されてきた。今夜は、その主要クライアントの一つであるリュクール銀座本店を訪れていた。

店内は、柔らかな間接照明と厚みのあるウールカーペットが織りなすラグジュアリーな空間。古くから愛されてきたリュクール特有のモノグラム柄のトランクがディスプレイされ、ただそこにあるだけで深い歴史と風格を感じさせる。応対に出た店長の神崎は、30代半ばという若さながら、抜群のセンスと洞察力で店舗を切り盛りしていた。

「三條さん、今回のVIP向けイベントですが、フランス本社から限定コレクションを取り寄せることになりました。特別ゲストも呼ぶ予定なんです」

リュクールのスペシャルイベントは、一夜限りの“プライベートショー”として華々しく催される。招かれるのは選び抜かれた顧客たちと、ファッション系のインフルエンサーやメディアの関係者。シャンパン片手に新作や限定品に触れ、その様子がSNSや雑誌で拡散されることで、さらなるブランド価値を高めていく。三條は店長の話を聞きながら、企画書を手早くチェックし、うなずいた。

「問題ありません。SNS施策はもちろん、特定のセレブとのコラボ企画を絡めれば、より話題性が出そうですね。リュクールなら、伝統とトレンドの両立がカギになります」

鼻をくすぐるレザーの香りに、仕事とはいえ三條の心は少しだけ高揚する。ブランドが持つ「歴史」と「憧れ」を如何に魅せるか。それこそが彼の腕の見せ所だった。

第二章:パリージャとの邂逅

リュクールのイベント準備を進める一方で、三條は銀座にある「パリージャ」の路面店にも立ち寄った。実は今回、パリージャも協賛ブランドとして名を連ねることになっていたのだ。

ガラス張りの近未来的な建築が目を奪うパリージャ銀座店。店内へ足を踏み入れると、モノトーンを基調とした広々としたスペースに、鮮やかなカラーリングのバッグやシューズが映えるように配置されている。無機質に見える空間の中にも遊び心が散りばめられていて、それが逆に強い印象を与えていた。

打ち合わせを終えた三條がふと視線を巡らせると、一人の女性の姿が目に入る。深い紺色のジャケットとスリムなパンツ、パリージャのバッグを軽やかに肩に掛け、長い髪をひとつに束ねている。どこかで見かけたことがある気がする——そう思った矢先、彼女はスタッフに案内され、VIPルームへと消えていった。

「今の方、どなたでしょう?」

三條がパリージャのスタッフに尋ねると、申し訳なさそうに一言だけ。

「申し訳ございません、顧客情報なので詳しくは……常連のお客様ではありますが」

高級ブランドでは、顧客のプライバシーを厳重に扱うのが鉄則。スタッフの口が重いのは当然だった。

第三章:エレスの洗練

銀座の大通りから一本入った静かなエリアに佇む「エレス銀座店」。大きなガラス窓から温かな光が溢れ、店内は上質なウッド調と落ち着いたベージュで統一されている。エレスといえば、フランスを代表するレザーブランド。革職人が一点ずつ手作業で仕上げるバッグや小物は、世界の富裕層から圧倒的な支持を得ている。

三條はエレスの2階へと通される。そこには、シルクスカーフや革のブレスレットなど定番商品の他、新作のバッグが整然と並ぶ。特にエキゾチックレザーを使用した限定品は、その高額ぶりも相まって「究極のステータス」として名高い。

「三條様、こちらです」

店員が案内してくれたのは通常非公開の「プライベートサロン」。一面の格子窓から銀座の街を見下ろせる、まるで別世界のような静寂が漂う空間だった。ここでは、会員ランクでも限られた顧客にしか見せない未発売の新作や、過去のアーカイブ品を紹介することもあるという。

テーブルには、オーダーメイド用のレザーサンプルがずらりと並んでいた。クロコダイルやオーストリッチなど、最高級の素材が惜しげもなく並ぶ光景は圧巻だ。

第四章:ラグジュアリービジネスの顧客たち

リュクール、パリージャ、エレス——。世界のラグジュアリーブランドの客層は、その多くが非常に個性的だ。彼らの多くが求めるのは、単なる物質的な所有ではなく「唯一無二の体験」。限定アイテムの先行入手、デザイナーとの直接対話、工房見学ツアーなど、“ブランドに深く関わる”ことに大きな価値を感じている。

三條の役目は、こうしたVIP顧客に「新たな刺激」を与える企画を提案・実行すること。顧客の趣味や嗜好はもちろんのこと、どんな交友関係や社会的ステータスを持っているか——時には噂話まで徹底的にリサーチして、最適なサービスをカスタマイズする。それこそがラグジュアリービジネスの肝だ。

とはいえ、要求が過剰になることもしばしば。週末に欧州の工房を視察させろ、限定生地を勝手に組み合わせてカスタムしたい——そうした要望にも、ブランド側はできる限り応えようとする。VIP顧客をがっかりさせることは、ブランド全体のイメージダウンに直結しかねないからだ。

そんな中、ここ数日の業界内では、ある“謎の富豪”の話題が持ちきりだった。リュクールやエレスなど複数のブランドで、通常は手に入らない希少アイテムを片っ端から買い漁っているという。投資目的なのか、単なるコレクションなのか——誰も正体を掴めず、かえって噂が噂を呼んでいた。

第五章:謎の女性との再会

パリージャで見かけたあの女性を再び目にしたのは、リュクールのVIPイベントが行われる前夜のこと。三條が仕事仲間と打ち合わせを終え、ホテルのバーラウンジでくつろいでいると、カウンター席に先日と同じ女性の姿があった。

薄いピンクのカクテルをゆっくり味わう彼女の姿は、どこか浮世離れした雰囲気を醸し出している。三條は意を決して声をかけた。

「先日、パリージャでお見かけしましたよね。ブランドコンサルの三條と申します。もしよかったらお名前を……」

彼女はグラスを置き、柔らかく微笑んだ。

「桐生レイカ。あなたは……ラグジュアリー業界の人?」

「ええ、そうです。もしかしてそちらもファッション関係の——」

「そうね、ファッションと言えば聞こえはいいけど、実はもう少し踏み込んだところにいるわ。明日のリュクールのイベントにも招待されているし、また会えるかもね」

名刺交換のような形式的なやりとりすらなく、レイカと名乗った女性はさっと席を立ち、会計を済ませるとバーをあとにした。その謎めいた言動に、三條は妙な胸騒ぎを覚える。

第六章:リュクールのスペシャルナイト

そして迎えたリュクールのVIPイベント当日。銀座本店の上階が特設パーティースペースとなり、カーペットと華麗な装飾で埋め尽くされている。招待状を持った客しか入れないこの空間には、セレブリティや投資家、ファッション誌編集者などが集結していた。

シャンパン片手に新作コレクションを手に取る富裕層。カメラを構えるメディア陣。鮮やかなライトに照らされた限定トランクやバッグが、ここぞとばかりに存在感を放っている。三條は大きな失敗がないか会場を見回りつつ、ゲストへの挨拶をこなしていた。

そんな中、ふと視線の先にレイカを見つける。濃紺のロングドレスと小ぶりのクラッチバッグ、ピンヒール姿が会場の誰よりも際立っている。細い肩紐からのぞく白い背中は大胆だが下品ではなく、むしろ強い意志を感じさせるものだった。

「あら、またお会いしましたね」

レイカが軽やかな足取りで三條の前に現れる。少し離れたソファコーナーへ移動し、二人はグラスを傾けながら言葉を交わした。

「桐生さんは本当に各ブランドに精通しているんですね。パリージャでもエレスでも、お見かけしたという噂を聞きました」

三條がそう尋ねると、レイカは微笑んで首をかしげる。

「コレクターといえば聞こえはいいけど、もっと深いところに惹かれているの。ブランドが積み上げてきた歴史とか、人々の憧れとか……。全部まとめて自分のものにしたいのよ」

レイカの瞳は、金銭では測りきれない“欲望”を湛えていた。

第七章:裏側で交わされる取引

イベントが佳境に入ったころ、レイカがスタッフルームの方へ消えるのを見た三條は、不思議な気配を感じて後を追う。VIPゲストが勝手に立ち入りできるエリアではない。裏口にはセキュリティが立っていたが、三條はコンサル会社のスタッフIDを示して通してもらう。

そこにはレイカとリュクール担当者がひそひそと話している姿があった。

「……今回の限定コレクション、もう少し早く手に入らないかしら? 他にも狙っている人がいるみたいだけど、私が確実に落札したいの」

「桐生様、規定がありますので勝手に優先は……私の一存では決めかねます」

「わかっているわ。でもね、近々“特別なオークション”が開かれるでしょう? あそこに出品される前に、私の手元に置いておきたいの」

ブランド担当者は困惑した表情で黙り込む。レイカは踵を返し、すたすたと通路を出て行ってしまった。三條は壁越しにその会話を盗み聞く形となったが、“特別なオークション”という言葉に強く惹かれた。

第八章:秘密の競売

後日、三條は業界ルートから“非公式オークション”の噂をつかむ。そこでは、正規店ではまず手に入らないレアアイテムや、まだ発売前の試作品、さらにはブランド顧客が手放したヴィンテージ品などがひそかに出品され、高額で落札されているという。

レイカはどうやら常連らしく、最近では中東か東欧の富豪らしき人物と毎回競り合っているらしい。その富豪の正体は定かでなく、真の目的もわからないが、とにかくブランドの希少アイテムを次々と落札しているという。

「面白いことになってきたな……」

三條は自分の仕事の領域を超えつつあると感じながらも、ビジネスチャンスの匂いをかいで胸を高鳴らせた。

第九章:決戦の夜

オークション当日、都内某所の超高級ホテルのスイートルームに、選ばれた招待客だけが集結する。高価なシャンパンがふるまわれ、芸術家や実業家、投資家などが入り混じる中、開始時刻になると、セリの円卓が部屋の中心に据えられた。

まずはリュクールの年代物トランクや、パリージャの幻の試作品、エレスの限定バッグなど、桁外れの金額で落札されていく。その価格は数千万円を軽く超え、ときには億に届くことも。ここは常識では計れない世界だ。

部屋の隅に目をやると、やはりレイカの姿がある。黒いドレスに身を包み、冷静な目つきでオークションの進行を見つめていた。その向かいには、サングラス姿の男と数名のボディガードらしき集団。噂の“謎の富豪”だろうか。

「本日の目玉はリュクールの創業期モデルを復刻し、特別に職人が仕上げた限定トランク。スタートは8,000万円(80 million yen)から」

進行役の声とともに複数の札が上がり、一気に9,000万、1億円、1億2千万円……と跳ね上がる。レイカは迷いなく金額を上乗せし、一方で謎の富豪も激しく応酬する。最終的には1億5千万円を提示したレイカの勝利に終わった。富豪は悔しそうに札を下ろし、低い声で取り巻きに何事かを告げる。レイカは拍手と視線を浴びながら、ごく自然な微笑みを浮かべるだけだった。

第十章:渦巻く欲望の先に

オークション終了後、レイカはスイートルームに設けられたバーコーナーで静かにグラスを傾けていた。三條はそっと近づき、言葉をかける。

「おめでとうございます。すごい競り合いでしたね」

「ありがとう。どんな金額であれ、私は“欲しいもの”を手に入れるのが好きなの」

レイカはそう言ってグラスを揺らす。その瞳には、金額の多寡とは無関係な強い執着がにじみ出ていた。

「正直、想像を超える世界です。ブランド品というより、歴史や物語を丸ごと購入しているように見えます」

「そう。みんなブランドの“ストーリー”に惹かれる。それを独占する快感が、この世界にはあるの」

レイカはそう言うと、トランクに手をそっと触れ、その革の質感を確かめるように撫でた。その手つきは愛おしそうでありながら、どこか孤独な影を含んでいるようにも見えた。

高級ブランド——それは単なる商品ではなく、人々の憧れと欲望、歴史と芸術性が凝縮された“象徴”だ。それを手にすることで味わう優越感や満足感は、何にも代えがたい魔法のようなもの。だが、その魔法に魅せられた人々の奥底には、終わりのない渇望が潜んでいるのかもしれない。

三條はバーを離れ、夜の銀座へ出る。街は変わらず眩く、リュクールやパリージャ、エレスのウィンドウが通りを照らしていた。華やかさの裏にある人間模様を思うとき、三條はこの世界の奥深さを改めて痛感する。

“ブランド”とは一体何なのか。その問いに答えはないまま、それでも銀座の夜は輝き続ける。まるで終わりなき欲望を映し出す鏡のように——。

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