序
章:ナイトクラブの若き(?)オーナー登場
晴れ渡る午前中、まだ誰もが仕事モードには程遠い時間帯。にもかかわらず、**行政書士・望月(もちづき)の事務所には早くもとんでもない熱気が充満していた。 その熱気の正体は、ひとりの若い男性——いつかどこかのホストクラブから飛び出してきたかのような、チャラいスーツ姿。名前を桂木(かつらぎ)**という。早速、机を挟んでハイテンションにしゃべり続けている。
「いやあ、望月先生、初めまして! 俺、ナイトクラブのオーナーをやろうと思ってて。でも風俗営業許可ってやつがよくわかんなくて……書類をまったく読まないタイプなんで! なんとかしてほしいんです!」
望月は唖然としたまま、手の中のボールペンがカタカタと転がり落ちる。朝イチからこれほど濃いキャラの依頼人はそうそういない。
「え、えぇと……こちらへどうぞ、座ってください。まずは状況を詳しく教えていただければ……」「あ、はいはい。とりあえず店名は『夜の帝王』でビシッと行く予定なんですよ。どうすか、カッコよくないっすか?」
その瞬間、望月の脳裏に“夜の帝王”という店名がばばーんと浮かび上がり、「いや、斬新すぎるだろう」と心の中で叫ぶ。書類の欄に“夜の帝王”と書かれている光景を想像して、思わず噴き出しそうになった。
第一幕:初めての提出書類が大波乱
さっそく望月は、風俗営業許可の要件や必要書類を桂木に説明し始める。 ところが桂木のリアクションは、謎に満ちていた。
「あ〜、なるほどなるほど。じゃ、ここに経営者の本名を書く……え? 本名? それは俺じゃなくて、うちの看板ホステスの源氏名じゃダメっすか?」
望月、思わず手元の書類を落とす。
「いえいえ、経営者はあなたでしょ!? 源氏名とか使われたら許可取れませんよ!」
桂木は困り顔でポリポリと頭をかく。 「そっかぁ……でも“桂木”って地味だから、超絶イケてない気がして。『ソラ』とか『レオ』とかカッコいい名前にしたかったんだけどな……」
もう何からツッコんだらいいのか。望月は深呼吸をして、自分に冷静さを取り戻させる。
「落ち着いてください。そもそも法人名をどうするか、店名をどうするかなど、きちんと区別しなきゃいけないんです。『夜の帝王』は……まあ、店名にするとしても、許可申請書類にはちゃんとした法的名称が必要ですからね」
すると、桂木は目を輝かせて言う。
「えっ! 店名は『夜の帝王』だけど、法人名は『夜の帝王株式会社』じゃダメなんですか?」
望月はワナワナと肩を震わせ、「まさかのコンボきたー!」と心の中で絶叫。
第二幕:迷走する法人名
書類の山を前に、望月は桂木と終わらない会議を続ける。 「法人名が“夜の帝王株式会社”だと……なんだか色々まずい気が……」 そんな忖度で止めたい気持ちはあるが、別に法律違反ってわけでもない。しかし、警察に提出する風俗営業許可の書類に「夜の帝王株式会社」……うん、いろいろ問題がありそうだ。
「いやー、でも先生。インパクトあるじゃないですか? どうせならガッツリ目立つ感じで行きたいんですよ〜」「本気ですか、桂木さん。あの、許可申請する相手は警察なんですよ。一発OKとは思えませんし、審査が長引く可能性も……」
桂木、まるで子どもがオモチャを欲しがるように食い下がる。最終的に望月が「どうしてもなら止めはしませんが、トラブル多発するリスクが……」と呆れて言うと、桂木はついに折れて「わかりました、じゃあ……普通に‘桂木商事’とかで……」としぶしぶ納得。
「ふっ。しぶしぶ‘桂木商事株式会社’ですか。地味だけど、しゃあないっすね」
望月は胸を撫で下ろす。(よかった、なんとかトンデモ名称は回避できた……)
第三幕:源氏名で職歴を埋めようとする恐怖
次は申請者の身分証明や経営に関する経歴の証明を行う段階。風俗営業許可では、オーナーが犯罪歴や禁制行為に関わっていないか厳しくチェックされる。 ところが桂木が意気揚々と差し出した“職歴書”に書かれているのは、**「クラブ『ミラージュ』:看板ホスト(源氏名:アキト)」**とか、「ラウンジ『シャンパンゴールド』:支配人(源氏名:ユウマ)」など源氏名オンパレード。 望月は呆気にとられて目を白黒させる。
「あの……桂木さん、そもそもそういう源氏名の職歴は、法的に証明できないでしょ!? 本当の名前で雇用契約されてなかったんですか?」「え? 昔はホストやってたんで、全部源氏名で給料もらってたんすけど……そういうの、ダメだったんですか?」
ダメというより「どこから突っ込めばいいのか」という話だ。労働契約書にまで源氏名でサインしてたら、法人登記含め、何もかもが混乱必至だ。
「とりあえず、当時の源氏名じゃなくて、本名での雇用実績がないと、警察の審査で『怪しい人』扱いされますよ……」「うげ、でもホスト時代の本名なんて誰も知らないっすよ。あれ、どうしよ……あっはっは……」
おいおい笑い事か、と望月は頭痛を覚えながら思う。
第四幕:新店オープン直前のドタバタ
その後も、桂木が提出する書類は次々に誤字脱字や源氏名まみれ。挙句の果てに物件の図面には、なぜか「VIPルーム:ムフフスペース」などと書かれていて、警察には絶対見せられない代物だ。
「ムフフスペースってなんですか……?」「あ、いや、ただの休憩室ですよ。ウチのスタッフが深夜休む部屋なんで(笑)」
何が笑いなのか全然わからない。ともかく「休憩室」と書き直してもらい、警察用の正規図面を作成。審査に堪えうるよう、1回提出→却下→修正という不毛なループを繰り返す。 桂木はそのたびに「いやー、先生マジでありがとうっす。助かるわ〜」とおおらかに言うが、望月の顔は日に日にやつれていく。
第五幕:奇跡の許可取得と「夜の街の救世主」?
紆余曲折の末、ようやくすべての書類が整った頃には、桂木は四苦八苦していた。 「最初は余裕だろと思ったけど、いやー、法ってめちゃくちゃ難しいっすね!」 まるで幼稚園児が宿題を初めてやり遂げたかのような表情で喜んでいる。しかしこの嬉しそうな姿を見ると、望月もなんだか微笑ましくなってしまう。
「まぁ、私は仕事ですから……とにかく、これで警察が許可を出してくれれば、無事オープンですね」
そして数週間後、許可証が下りた! 桂木の新店「クラブ・オブ・ナイト帝王」……じゃなくて(そこはやめたはず……と思ったら)、最終的には「クラブ・ルシファー」に決まったらしい。結局インパクト重視なのは変わらなかったのだが、何とかギリギリで審査をパス。 オープン初日は、望月も招待されて店を訪れると、意外や意外、大盛況。 「まさかこんな繁盛するとは!」 看板ホステスやホストが華やかに踊るステージもあり、地域の人が集まって盛り上がっている。派手だがルールは守っており、近所迷惑も最小限に抑えているらしい。
終章:地域の人気店へ
オープンから数ヶ月、いつの間にか地元で評判になったクラブ・ルシファー。桂木は地域商店街のイベントにも協力するなど、真面目に営業を続けていた。店の口コミは「スタッフが優しく、盛り上がりすぎず落ち着ける」と高評価。 ある日、望月は定例の書類確認に訪れると、桂木が出迎えて言う。
「先生、おかげさまでウチはすっかり町の夜の顔っすよ。みんなに“夜の街の救世主”とか言われちゃって!」「やれやれ……“夜の街の救世主”ねぇ。最初の頃、ちゃんと許可とれなかったら“夜の街の愚者”になってたかも……」
そう茶化す望月に、桂木は朗らかに笑い返す。 振り返れば、あのとんでもない書類ミスの連発。源氏名まみれの職歴書に「夜の帝王」という謎の法人名案。数々の珍提案に翻弄されながらも、今はこのナイトクラブが地域に根付いている。 望月は苦笑しつつも、そんな桂木の成長ぶりをほほ笑ましく思う。書類ひとつでこんなにも泣き笑いがあるとは、まさに行政書士冥利に尽きるというものだ。
「まぁ、今後も何かあれば、また頼んでください。法は守りましょう……ね?」 桂木は「ラジャー!」と陽気に答え、ホスト達と一緒に乾杯のポーズをする。 こうして、笑いの絶えない“夜の街の救世主”伝説は、今日も煌びやかに続いている。
Comments