欺瞞の銀座 —— 虚飾の焦点III
- 山崎行政書士事務所
- 1月25日
- 読了時間: 11分

プロローグ
銀座の夜。レストランやクラブの煌めきは、そのまま欲望を映し出すように揺らめいている。表ではラグジュアリーブランドの華麗な広告やショーが人々を魅了する一方、裏では資本と権力が鍔迫り合いを繰り広げ、陰湿な取引が当たり前のように交わされる。伝統や職人の誇りを食い物にする者がいるかと思えば、そこに真っ向から異議を唱える者もいる。前回の騒動ではパリージャCEO・コスタが“魂”を守る決断を下したが、だからといってすべてが終わったわけではない。FDGキャピタルという巨大ファンドは、一度失敗した程度では下がらない。更なる買収戦略を画策し、次なる獲物を虎視眈々と狙っている。ゆっくりと、しかし確実に、“渦動”が銀座を飲み込もうとしていた——。
第一章:不審な動き
パリージャとの提携白紙撤回から数週間。ブランドコンサルタントの三條岳士(さんじょう たけし)は、オフィスのデスクに向かい、クライアントのレポート作成に追われていた。そんなとき、部下の一人が駆け寄り、低い声で告げる。「三條さん、またFDGキャピタルが動いているみたいです。“アルマロッサ”っていう新興の革小物ブランドの創業者に接触しているとか」「アルマロッサ……知ってる。若手デザイナーが立ち上げた、まだ規模は小さいけど評判のいいブランドだな。伝統技術を斬新なデザインに落とし込んで、独自のファンを増やしていた」三條は眉をしかめる。「FDGキャピタルは大手ブランドにアプローチするだけじゃない。こうやって若いブランドも囲い込んで業界を牛耳ろうとしてるんだろう」
FDGキャピタル——通称“ハゲタカファンド”。企業の成長や改革を標榜しながら、実態は“資本注入と同時に徹底したコストカット”で短期利益を生み、時にはブランドを解体・再編して転売する。これまでリュクール、パリージャと大きな衝突があったが、今回は新興ブランドに的を絞ったらしい。表向きの買収ニュースは流れてこないが、その分、陰でじわじわと根回しを進めているのだろう。
第二章:桐生レイカの危機感
銀座の外れにあるギャラリー。そこには、先日までリュクールのヴィンテージ展を開催していた桐生レイカの姿があった。今は新たな試みとして、国内外の若手デザイナーを支援する企画展を始めようとしている。「アルマロッサの創業者、イザベラ・ロッシは私が注目していたデザイナーの一人なの。まだ若いけど、伝統的な染色技法を現代的に再構築して、彼女のバッグは芸術品レベルだったわ」レイカは真剣な表情で三條に語りかける。「そんな彼女が、もしFDGキャピタルの誘いに乗ったら? 資金は手に入るかもしれないけど、きっと彼女のやりたいことは変質させられてしまう。クラフトマンたちも消耗品扱いされるかもしれないわ」三條は静かに頷く。「連中は“伸びしろ”のあるブランドほど好物にするからな。しかも大手ほど世間の目を引かず、狙い目だ。アルマロッサがどれほど小さくても、彼らにとっては立派な“投資対象”になる」「許せない……」レイカは小さく唇を噛む。彼女自身、若き才能が踏みにじられる現場を見たくはなかった。
第三章:暗躍
翌日、三條はあるルートから不穏な情報を手に入れた。「FDGキャピタルがアルマロッサの経営陣を囲い込み、追加融資と引き換えにデザインの方向性を大幅にコントロールしようとしている」表には出ない極秘の契約書が既に交わされているらしい。しかも、その背後にはFDGキャピタルの日本支部長・ロバート・エヴァンスの名前がちらつく。「アルマロッサのバッグは、従来のラグジュアリー基準から見れば生産効率が悪いらしい。染色に時間がかかるし、職人も少数精鋭。大量生産には向いていない」「FDGキャピタルが絡めば、まず間違いなく効率化の名の下にその手間を省かれる。アート性よりも量産性が優先される……」三條はタブレット端末に映るアルマロッサの作品を見つめ、歯がゆい思いを抱える。
その頃、レイカはイザベラ・ロッシ本人に接触を試みていた。連絡を取ろうとするものの、返信は来ない。事務所に電話しても、マネージャーが要領を得ない返答を繰り返すだけだ。「どうしちゃったの? まだデビュー間もないブランドなのに……こんなにガードが固いなんて」
第四章:イザベラの迷い
レイカは直接会うべく、ある日アルマロッサの小さなアトリエを訪ねた。そこは下町の古いビルの一角。職人がコツコツと手作業で革を染め上げる匂いが漂う。だが、いつも活気があるはずのアトリエは妙に殺伐としていた。「すみません、イザベラさんはいらっしゃいますか」レイカが声をかけると、若い職人が困惑顔で答える。「今はミーティングがあるとかで、上のオフィスにこもってます。それに、最近イザベラさん、ずっと疲れた顔をしていて……」
数分後、奥の小部屋からイザベラ・ロッシが姿を現した。まだ20代半ばで、はつらつとしたイメージが強かったが、今はどこか沈んだ雰囲気を纏っている。「あら、桐生レイカさん。ごめんなさい、すっかりご無沙汰してしまって」それでも気丈に微笑もうとするイザベラ。しかし、その笑みは上手く作れていない。「実は……今、大きな投資の話が来ていて。その対応に追われてるの」「FDGキャピタルのこと、でしょ?」レイカが端的に言うと、イザベラの瞳が一瞬揺れた。「……ええ。やっぱりもう知ってるのね。彼らは私たちのブランドに莫大な資金を投入してくれる。世界進出だって夢じゃない。だけど、その代わり……」そこまで言って、イザベラは視線を落とす。「染色工程を簡易化しろって。職人も増やすどころか、逆に“特殊技能を持つ人間はコストが高い”って、減らせと言われたわ。私、どうしたらいいのか……」
第五章:擦り寄るエヴァンス
翌週。イザベラとの面会から何とか情報を引き出そうと試みるものの、彼女は明言を避け続けた。まるで既に“決定事項”があるかのように。そんな最中、レイカは都内のラグジュアリー専門ギャラリーで催された小規模なブランド展示会に招かれる。そこにはイザベラとFDGキャピタルのロバート・エヴァンスが揃って姿を見せていた。「よく来たね、桐生レイカさん。あなたも新進気鋭のブランドを応援するのは得意なんじゃないの?」エヴァンスが不敵に笑いながら近づいてくる。その態度には以前にも増して余裕がある。「アルマロッサは私たちとの提携を、もうほぼ決めているよ。資金力と国際ネットワークを活用すれば、イザベラの芸術的センスは世界中で輝くだろう。どうか、暖かく見守ってくれないか?」彼の目には、以前リュクールを買収しようとして失敗した焦りなど微塵も感じられない。むしろ“次の獲物”を確実に手中に収めた勝利者の瞳だ。
レイカは毅然とした口調で問いかける。「その“国際展開”の裏で、どれだけの職人や工程が切り捨てられるのか。あなたは正直にイザベラに説明しているの?」エヴァンスは肩をすくめ、笑みを絶やさない。「彼女もプロだ。イノベーションの代償は理解していると思うが? そもそも、彼女が本気で世界を目指すなら、古い作業工程にしがみついている余裕などないはずさ」その姿を遠巻きに見つめるイザベラは、まるで自分が引き裂かれるような葛藤を抱えているのがわかる。でも今の彼女には、資金が必要なのだ——ブランドを守るために。
第六章:陰湿な手口
さらに事態は急展開を迎える。三條の部下が、ある書類のコピーを入手した。それはFDGキャピタルの内部資料と見られ、アルマロッサへの出資プランが詳細に記載されている。そこには、デザイン改変や職人リストラだけでなく、「競合ブランドへの妨害工作」 に言及する項目があった。——周辺ブランドの技術者を高給で引き抜き、逆にアルマロッサの古参職人は契約更新をしない形で切り捨てる。——海外向けのプロモーションでは、あたかも“イザベラのオリジナルデザイン”のように見せながら、実際は他の既製パーツを転用して大量生産する。——もし反対勢力が現れたら、訴訟やスキャンダル工作で黙らせる。
「……ここまでとは。奴ら、本気であらゆる手段を使うつもりなんだな」三條は書類を握りしめ、唇を噛む。「イザベラにこの事実を見せれば、目を覚ましてくれるかもしれない……いや、彼女だって知らないはずだ。こんなにえげつないやり方を」
第七章:告発の決意
レイカはこの資料をイザベラに直接渡すべきだと考えた。だが、その前に一筋縄ではいかない障壁があることを悟る。アルマロッサのアトリエには、既にFDGキャピタル側から派遣された“コンサルタント”が常駐し始め、外部との接触を制限しようとしているという噂だ。「私が出向いても、門前払いされるかもしれない。……でもやるしかない。イザベラが知らないまま食い物にされるなんて、耐えられないわ」レイカは意を決してアトリエに向かった。無言で立ちふさがるガードマンらしき男たちに、「イザベラと直接会う」と強く申し入れる。やがてイザベラが姿を見せる。やつれた表情だが、懸命に笑みをつくろうとしている。「久しぶり、レイカさん。どうしたの? ちょっとアトリエは今バタバタしてて……」「イザベラ、これを見て」レイカはFDGキャピタルの内部資料を手渡す。最初は戸惑いの色を見せたイザベラだったが、ページをめくるにつれ、その瞳に絶望が浮かぶ。「こんなの……聞いてない……。どういうこと? 私は彼らと、もっと『成長』に向けた話をしていると思ってたのに……」レイカは肩に手を置き、低い声で言う。「あなたが信じているのは“成長”なんかじゃない。あなたの作品と、それを支える人たちを守りたいんでしょ? でも、このままじゃ彼らに全部壊される」イザベラの頬に涙が伝う。小さく震えながらも、彼女は言った。「……わかった。もう一度、私から契約を見直したいって言うわ。こんなの、あまりにも酷いもの」
第八章:エヴァンスの切り札
ところが、イザベラがFDGキャピタルと再交渉を打診しようとした矢先、思いもよらない“圧力”がかかる。「あなたのお父上の会社、経営が危ないらしいじゃないか? 私たちが出資を続けるかどうかは、あなたの態度次第だよ」ロバート・エヴァンスは、個人的にイザベラを呼び出し、冷たく言い放つ。実はイザベラの父親はイタリアで小規模な革職人の生産組合を経営していた。近年の不況で資金繰りが悪化しており、FDGキャピタルの救済融資を期待しているという。「……まさか、私のブランドと父の組合を、同時に人質に取る気なの?」イザベラは声を震わせる。エヴァンスは鼻で笑いながら言葉を続ける。「誤解しないでほしい。私たちは君を応援したいと思っているんだ。だが、もし契約をぶち壊そうとするなら、こちらにも考えがある。君のお父さんの組合はもちろん、君のデザインに著作権侵害があるといったスキャンダルをでっち上げることだって不可能じゃない」
それは紛れもなく脅迫だった。イザベラは何も言い返せない。目の前で微笑むエヴァンスの笑みは、勝利を確信した者の笑みだった。
第九章:極秘リーク
「イザベラが契約見直しを要請できなくなった……? どういうこと?」三條が焦りに似た声を上げる。レイカがすぐにアルマロッサの職人仲間から聞き出したところによると、イザベラは父親の会社の経営危機を理由に“FDGキャピタルと和解するしかない”と周囲に漏らしているという。「つまり、エヴァンスは徹底的に彼女を追い込んで、屈服させたわけか。……汚い、あまりにも汚い手だ」三條は拳を握りしめるが、今のままではイザベラを救えない。レイカは固く決心したように言う。「こうなったら、公にするしかない。FDGキャピタルの脅迫まがいの手口と、あの内部資料をメディアにリークするの。リュクールやパリージャの件では動かなかったけど、まだ小さな新興ブランドがこんな仕打ちを受けてるなら、きっと世間も無視できないはず」「でも、イザベラやその家族が危険にさらされるかもしれない。大丈夫か?」「彼女はもう追い込まれてる。私たちが立ち止まっていても、奴らはどんどん侵食していくだけ。メディアを味方につけるしか道はない」
こうしてレイカと三條は、信頼できるファッションジャーナリストや国際経済誌の記者に極秘にコンタクトを取り、資料を一部開示。さらにイザベラ本人にもできる範囲で証言を依頼する。FDGキャピタルが裏で新興ブランドを脅迫し、手口があまりにも卑劣だという情報が広まれば、世論は黙っていないだろう——その一縷の望みにかけたのだ。
第十章:暴かれた野望、そして……
数日後。国際ファッション誌のオンライン版が、「FDGキャピタルの新興ブランド脅迫疑惑」 というセンセーショナルな記事を掲載。SNSでも瞬く間に拡散される。記事にはイザベラの証言が匿名で引用されており、職人のリストラ計画や資金の独占、脅しとも取れる文言について詳しく言及していた。「あのファンド、またハゲタカ商法やってるのか?」「アルマロッサって期待のブランドだったのに、台無しになるところだったんだな」ネット上では非難の声が殺到し、メディアはこぞって追及を始める。
これほどの騒動になれば、FDGキャピタルも黙ってはいられない。記者会見を開き、「我々はあくまで投資家として透明性の高い協議を進めている」と弁明するが、具体的な反論は出せず、エヴァンスの表情は明らかにこわばっていた。その一方で、イザベラは意を決して記者の前に姿を現し、「私は契約を白紙に戻します。自分のブランドと父の組合は、なんとか他の方法で再建する道を探したい」と宣言。悲壮な決断ではあったが、その姿は多くのファンや職人から熱い支持を受ける。
「……かろうじて救われたな」三條が深夜、レイカとコーヒーを啜りながら呟く。「うん。でも、FDGキャピタルはこんなことで屈しないでしょうね。もっと陰湿で巨大な力を使って、業界を支配しようとしてくるはず」レイカは湯気の立つカップを見つめながら、決意を新たにするように目を閉じる。「私たちはそれでも、ブランドの本質を守るために動くしかない。職人や若い才能を踏みにじる資本の論理と、これからも戦い続ける」
夜の銀座を風が吹き抜ける。ネオンがきらめくショーウィンドウの裏には、今日も新たな欲望がうごめいている。FDGキャピタルの魔手はまだ遠慮なく伸びるだろう。だが、それに抗おうとする人々の意志もまた、消えることはない。
誰もが金と成功を求める都市——銀座。同時に、職人の誇りと芸術が火花を散らす場所でもある。この虚飾の焦点は、まだまだ熱く燃え盛っていくのだろう。
— 終わり —
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