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歪んだ光の中で —— 虚飾の焦点IV

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月25日
  • 読了時間: 9分




はじめに

これは私が、ブランドコンサルタントとして銀座のラグジュアリー業界を駆け巡った“生々しい”記憶の断片だ。華やかなショーウィンドウの裏側で起きていることを、私はこの目で見て、耳で聞き、肌で感じてきた。どれだけ壮麗に飾り立てられた世界でも、そこに渦巻く資本と権力のぶつかり合いは、想像以上に泥臭く、時に残酷だ。それでも私がこの業界を離れないのは、職人の心や若いデザイナーの情熱に触れてきたからに他ならない。彼らの“ものづくり”への執念と誇りを、一度でも知ってしまったら、もう簡単には背を向けられなくなる。ここから先は、あくまでも私の記憶と体験をありのまま綴ったものだ。多少の主観は入ってしまうが、少しでも“リアル”に近いかたちで伝われば幸いである。

第一章:夜明け前の銀座

私が銀座の夜を好きになったきっかけは、ある朝方までの徹夜仕事だった。まだ陽が昇らないうちにオフィスを出て、眠るように静かな銀座のメインストリートを歩くと、昼や夜の喧騒とはまるで別の表情をしている。店先のウィンドウ照明もほとんど落ち、人影も少ない。風の音と、時折遠くから聞こえる車のエンジン音だけが響いていた。そのとき私は、光がない状態こそが“本当の銀座”なのかもしれない、と妙に納得したのを覚えている。この街の華やかさは、一種の“舞台装置”であり、欲望を照らすライトのようなものだ、と感じたのだ。

第二章:動き出したファンドの魔手

リュクールの買収騒動が鎮火し、パリージャの提携話が白紙に戻った後、表面的には銀座のラグジュアリー業界は落ち着きを取り戻したように見えた。しかし、私は内心まったく違う感覚を抱いていた。「FDGキャピタルは絶対にこのまま引き下がるはずがない」肌でそう感じていた。彼らが動いた後に残るものは、いつも資本と権力の荒涼たる“足跡”だからだ。

案の定、しばらくすると「アルマロッサ」という新興ブランドにFDGキャピタルが接近しているという話が耳に入ってきた。私はその噂を聞いた瞬間、胸がざわついた。アルマロッサは、若き天才デザイナー・イザベラ・ロッシが手がける革小物ブランドで、私も以前から注目していたからだ。素材選びや染色技法に独特のこだわりがあり、小規模ながら固定ファンを着実に獲得している、いわゆる“今後が楽しみなブランド”だった。

第三章:イザベラとの出会い

イザベラとは、半年ほど前に小さな展示会で偶然言葉を交わしたのが最初だった。私がクライアントの下見で訪れた会場の一角に、彼女のブースがあり、手染めの革を使ったクラッチバッグが並んでいた。まだ20代半ばとは思えないほど完成度の高いデザインだったが、本人は飾らない口調でこう言った。「恥ずかしいけど、まだまだ試行錯誤中なんです。色の発色やステッチの強度に納得いかなくて……」その“納得いかない”と首をかしげる仕草が、妙に印象的だった。ブランドビジネスとしてはまだまだ規模が小さい。しかし、職人にしか出せない風合いを真剣に突き詰めようとしている姿に、私はほのかな尊敬を覚えた。

その後、イザベラのブランド名は私の周囲でも話題になり始め、彼女自身が少しずつ認知を広げていることを感じた。そんなとき、FDGキャピタルの名前が彼女に結びついてきたのだ。なんとなく、嫌な予感がした。

第四章:契約の裏側

イザベラに直接会おうとアトリエを訪ねたとき、最初に私を出迎えたのは無表情の男性たちだった。彼らはまるで警備員のように入り口を塞ぎ、「今アトリエは打ち合わせ中だ」と取りつく島もない。私が「あの……イザベラ・ロッシさんに用事があるんですが」と尋ねると、「お約束はされていますか?」と冷たい声が返ってくる。

約束などもちろんしていない。私が個人的にふらっと顔を出しただけだ。「あの、実は私、彼女の作品に興味があって……」と食い下がろうとすると、背後から彼女の声が聞こえてきた。「その人、通してあげて。私の知り合いだから」疲れ切った声だった。以前の展示会で会ったときのイザベラとは別人のように見えた。顔色も悪く、笑顔が引きつっている。

部屋の中に通されると、そこにはFDGキャピタルの日本支部長・エヴァンスの姿があった。「おや、三條さんでしたか。ずいぶん熱心ですね、こんな小さなブランドまで足を運ぶとは」相変わらず底意地の悪い笑みを浮かべながら言うものだから、私の中で怒りに近い感情が湧き上がった。「イザベラさんとは前から知り合いで、彼女の作品が本当に素晴らしいと感じているんです。ただ、それをあなた方がどう扱うのか、気になりましてね」……本当はもっとはっきりと「あなたたちが潰すんじゃないか?」と聞きたかった。けれど、その場の空気が許してくれそうになかった。

イザベラはほとんどしゃべらず、ただうつむき気味。エヴァンスが“状況”を説明する形になる。「我々は純粋に投資家として、このアルマロッサを世界へ羽ばたかせたいと考えている。イザベラは天才的なセンスを持っているし、ファンドがつくことで資金力とマーケティングが一気に増す。Win-Winですよ」彼の言葉は一見正論に聞こえる。だが、私の耳にはまるで別の響きで聞こえていた。“効率化の名のもとに職人の手仕事をバッサリ切り捨てるつもりだろう? 大手生産ラインに乗せて、イザベラのブランドを単なる“流行の記号”に変えようとしているんじゃないか?”そう問い詰めたくても、彼の冷静かつ狡猾な話しぶりは、簡単に突破させてくれそうにない。

第五章:極秘資料との遭遇

後日、私のもとに匿名で一つの封筒が届けられた。中には契約書類らしきコピーと、FDGキャピタルが作成したと思われる「アルマロッサの再編計画」のメモが入っていた。そこには、「職人を半分に減らす」「染色の工程を外注に切り替える」「過去の在庫デザインを再活用して新作として売り出す」 といった、あまりにも乱暴な“改善策”が並んでいた。さらに、もしデザイナー本人や周囲が反抗的な態度を見せた場合はどうするか、という“対処マニュアル”まで書かれている。まるで企業のモラルを踏みにじるような代物だった。

私は鳥肌が立つ思いだった。かつてリュクールでも偽物横行の裏でFDGキャピタルが暗躍していた噂を耳にしたことがあるが、今回の書類を見る限り、その手口はさらに陰湿かつシステマチックに進化しているようだった。

第六章:イザベラの告白

この書類を突きつければ、イザベラもさすがに契約を考え直すだろう——そう思い、私は彼女を呼び出した。銀座の小さなジャズバー。まだ客足がまばらな夕方の時間を選んだのは、周りの目を気にしたくなかったからだ。イザベラは疲労困憊の様子だったが、静かに話を聞いてくれた。私が例の資料を見せると、彼女の瞳がみるみる絶望の色を帯びていくのがわかった。「こんなの……聞いてない。私はただ、今の生産体制だと資金的に苦しいから支援を求めただけ。でも、まさか職人たちを……」

彼女は涙をこらえながら打ち明けた。自分の父親が経営するイタリアの革生産組合は、近年の不況で倒産寸前らしい。もしかしたらFDGキャピタルがそこにも手を差し伸べてくれるかもしれない——そう思っての提携だった、と。「結局、私のブランドと父の会社を両方救うには、FDGキャピタルが提示する条件を飲むしかない、って状況になってるんです。それがこんな……人を切り捨てるような計画だったなんて」

第七章:脅迫の代償

私が「それでも、こんな契約は認められないでしょう?」と詰め寄ると、イザベラは怯えた表情で視線を彷徨わせた。「この前エヴァンスに呼び出されたとき、“もし契約を反故にするなら、お父さんの会社への融資も全部取り止める。訴訟も辞さない”って言われたの。それだけじゃない、私が過去に一部他ブランドのデザインから影響を受けたのを“盗用”とみなす記事を、どこかのメディアにリークするって……。そんなの、いくらでもでっち上げられる」彼女の声は震えていた。私は彼女に何の落ち度もないことを知っていたが、この業界では“疑惑”がひとたび広まればそれだけでアウトだ。特に新興ブランドはひとたまりもない。「わかってるんです、こんなやり方がおかしいって。でも、私ひとりではどうすることも……」

私は思わず拳を握りしめた。FDGキャピタルがまた同じ手を使っている。しかも、若い才能を守るどころか脅しで屈服させようとしているのが許せなかった。

第八章:メディアへのリークを決断

悔しいが、私には“とんでもない黒幕”を単独で倒す力はない。そこで思い浮かんだのが、以前リュクールでも協力してくれたファッションジャーナリストや経済誌の記者たちだ。彼らは一度、FDGキャピタルの暗部を追及しかけたものの、証拠不十分で記事化を断念していた。しかし、今度は匿名の書類と、イザベラの生々しい証言がある。「イザベラさん、正直これは大きな賭けです。あなたやお父さんの会社にも影響が及ぶかもしれない。それでもいいなら……」イザベラは涙を拭い、俯き加減で小さく頷いた。「もう、黙っていても状況が悪化するだけです。……やります」

こうして私たちは協力者を通じて、FDGキャピタルの“脅迫的投資手口”に関する情報をジャーナリストたちへ一斉にリークすることにした。

第九章:炎上と怒涛の展開

数日後、SNSを中心に騒ぎが広まり始めた。とある国際ファッション誌がオンラインで発表した**「新興ブランドを食い物にする“ハゲタカファンド”」** という特集記事が火付け役だ。匿名ではあるものの、イザベラや私が掴んだ資料の内容が詳細に報じられている。「資本主義の闇がここにも」「若手デザイナーを壊すのか」「これが事実なら許されない」そんな声がTwitterやインスタに溢れ、国内のメディアも次々と追随。夜のニュースでも取り上げられるようになり、FDGキャピタルは公式コメントを余儀なくされた。

エヴァンスは緊急記者会見で「我々はあくまで正当な投資活動をしている」「脅しや不正行為など断じて行っていない」と否定するが、具体的な説明を避ける姿勢に批判が集中する。私もメディア数社から取材要請を受けたが、直接のコメントは避け、裏からジャーナリストに追加情報をこっそり流す形を取った。理由は単純で、私が表舞台に立てばFDGキャピタルから訴えられるリスクが高いからだ。

第十章:それでも続く銀座の光

こうして一連の騒動は、イザベラがFDGキャピタルとの契約を破棄し、彼女の父親の組合も別の投資家や行政支援を模索する形で一応の“決着”を迎えた。もちろん、これでFDGキャピタルが根絶されたわけではない。巨大な資本を背景に、別の場所で新たなターゲットを探している可能性は大いにある。「それでも、イザベラや職人たちが守ろうとした“ものづくりの魂”は無事に残った」そう思うと、ほんの少しだけ救われる気持ちになった。

今も私は、銀座の夜を歩く。ルイヴィトン(作中名:リュクール)やプラダ(作中名:パリージャ)、エルメス(作中名:エレス)といった老舗ブランドのショーウィンドウが煌びやかな光を放ち、人々を惹きつけている。アルマロッサはまだ大きな路面店を構えられるほどの余裕はないが、ネットを中心に着実にファンを増やしている。ときおり開かれるポップアップイベントでは、イザベラの独創的な染色バッグがお洒落な若者や好奇心旺盛な富裕層を魅了しているらしい。私がその一報を聞いたときは、素直に嬉しかった。

華やかさと欲望とが絡み合う銀座は、今日も変わらず存在している。ときに汚い手段が蔓延り、脅しや権謀術数が跋扈する世界だけれど、そこにも人間の美しさや温かさが確かにある。その事実を知っているからこそ、私もこの街に居続けるのだろう。いつか本当に“純粋に美しいもの”だけが評価される瞬間が来ることを、密かに願いながら。

終わり —

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