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以下は、これまでの十三作――
『潮満(ちょうまん)の刻(とき)』
『潮影(ちょうかげ)の残響(ざんきょう)』
『潮月(ちょうげつ)の黙示(もくし)』
『潮闇(ちょうやみ)の彼方(かなた)』
『潮燐(ちょうりん)の楔(くさび)』
『潮葬(ちょうそう)の刻印(こくいん)』
『潮痕(ちょうこん)の顕影(けんえい)』
『潮盟(ちょうめい)の咎標(とがしるし)』
『潮聲(ちょうしょう)の迷埋(めいまい)』
『潮暁(ちょうぎょう)の断罪(だんざい)』
『潮嵐(ちょうらん)の裁決(さいけつ)』
『潮刻(ちょうこく)の慟哭(どうこく)』
『潮嶺(ちょうれい)の黯(やみ)』
――を踏襲する、第14作目の続編長編です。前作で御影一族の集団的暴力“潮刻の慟哭”が崖の地「潮嶺の黯」で一応の幕引きを見せたものの、天洋コンツェルンと“潮盟”をめぐる闇はなお深く、血の歴史が断ち切られたわけではありません。次なる暗雲が、光浦海峡(こうらかいきょう)に静かに漂い始めます。
序章 閾(いき)に揺れる海
前作『潮嶺(ちょうれい)の黯(やみ)』で起きた流血事件から数週間。光浦海峡(こうらかいきょう)は一見平穏を取り戻しているように見えるが、そこには薄い霧のような不安が漂っていた。 神奈川県警捜査一課の都築(つづき)警部補と地元署の大迫(おおさこ)刑事は、崖で御影一族が起こした儀式的暴力“潮刻の慟哭”をかろうじて阻止したものの、逮捕された関係者の取り調べは難航し、闇の深部にまでは至れていない。 巨大企業・天洋コンツェルンは「本件は旧体制の過激分子による暴挙」と公式声明を出し、企業としての関与を完全否定している。しかし、水面下では再び“潮盟(ちょうめい)”の暗い囁きが途絶えず、関係者の口から時おり「潮境(ちょうきょう)」という謎めいた言葉がこぼれるという。 “潮満”“潮暁”“潮嵐”……これまで幾度となく耳にしてきた不穏な響きのバリエーションに続く、新たなキーワード「潮境」。果たしてそれは、この地をどのような惨劇へ導くのか。それとも、ようやく迎える夜明けへの通過点(境)となるのか――海は微かな波音を立てながら、灰色の空を映していた。
第一章 沈黙する御影たち
都築と大迫は、崖の事件で逮捕された御影一族の男たちを調べるが、誰もが「我らは潮盟の正統継承者だ」と言うばかりで、天洋コンツェルンとの具具体的な繋がりについては固く口を噤んでいる。 取り調べで判明したのは、御影家がかつて**桜浦神社(さくらうらじんじゃ)**と対立しながらも、“潮暁”などの秘儀を実践してきたという事実のみ。事件当夜の主犯格である“当主”は負傷して意識不明のまま入院しており、話を聞けないままだ。 大迫は苛立ちを隠せない。「御影を糸口に天洋を追い詰めようとしたのに、これでは拉致があかない。せっかく崖で止めたのに、血が流れ損ではないか……」 都築も苦々しく頷く。「しかし、逮捕や負傷者が出て御影一族の勢いは確実に削がれた。今度は別の勢力、つまり天洋の“新体制派”や“社外の黒幕”が動き出す可能性がある。彼らが“潮境”というキーワードを手に、再度事を起こすのかもしれない」
第二章 神社への新たな勧誘
一方、桜浦神社の安西(あんざい)宮司は、今度は天洋コンツェルンの新役員を名乗る人物から、「神社の伝統を世界に発信するためのコラボレーション企画」を提案される。観光や文化事業を通じ、神社を“グローバルな聖地”に位置づけたいのだという。 しかし、それに付随して「神社の財務面や祭具の管理を天洋グループがサポートする」という不可解な条件がついており、安西は嫌な予感を拭えない。 「このまま承諾すれば、神社の奥に眠る秘文書や祭器が企業側に閲覧されかねない。かつて“幻灯の鏡”や古文書が破壊され、血が流れたことを思えば、彼らに権限を握らせるわけにはいきません……」 都築は安西に「何とか時間を稼いでほしい。いま警察としても動きづらいが、彼らの背後を洗います」と約束する。大迫も「観光事業の名目で、再び秘儀を悪用しそうな気がする」と警戒を強める。
第三章 望月の微かな手掛かり
リハビリ中の地元紙記者・**望月(もちづき)**は、職場復帰を前に少しずつ外出を再開していた。彼女は自らの拘束体験をノートにまとめる中で、思い出した断片を書き留める。 > 「彼らは『海峡を二つに分ける一瞬の“境”にこそ、絶対的な力が宿る』と言っていた」 望月はこれを読んで、都築や大迫に問いかける。「海峡を二つに分ける“一瞬の境”って何でしょう? 潮の干満とはまた別の現象かもしれないし、あるいは何らかの設備や地形を利用して“境”を作る気なのか……」 都築は顎に手を当てる。「干潮と満潮の狭間、あるいは強制的に潮流を仕切るダムや閘門のような計画があるのかもしれない。天洋コンツェルンは国際貿易特区の拡大を模索しているという話もあるし、巨大な閘門施設を作る計画は十分あり得る」 大迫が目を見開く。「もし海峡を人工的に“境”で仕切る装置を作れれば、内側と外側を自由に操作し、“秘儀”を行う場を事実上コントロールできてしまう……?」
第四章 新たな施設計画書
そんな折、天洋関連の建設会社に勤める情報提供者・**木澤(きざわ)**から、大迫のもとに連絡が入る。「噂ですが、天洋の一部が“潮境プロジェクト”と呼ばれる極秘の計画を進めています。海峡を仕切る巨大ゲートを建設し、水位や潮流を自在に管理する施設だとか……」 都築は驚きを隠せない。「まさか、本当に海峡を物理的に区分しようとしているのか? それが実現すれば、企業が海の出入りを統制し、ある意味“法外の領域”を作り上げることも可能になる」 木澤は続ける。「しかも、そのプロジェクト書には『文化的秘儀の再構築』なんて項目があるそうです。たぶん、潮暁や潮刻の慟哭といった秘儀を“観光資源”としてアピールする建前で、実際には闇の儀式を再興するのでは……」 大迫が拳を握りしめる。「ここまで露骨な構想とは……。“潮境の冥契”とは、まさに海峡を区切って闇の契約を結ぶ企みか。これは危険すぎる」
第五章 御影一族の当主失踪
一方、崖の事件で意識不明だった御影の当主格が、病院から失踪するという事態が発生する。拘束中の身でありながら、何者かが連れ出した可能性が高い。 「彼は秘儀に通じたキーパーソンでしたよね。新体制の天洋が彼を回収し、“潮境プロジェクト”に利用するのでしょうか……」と大迫は唸る。 都築は鷹津管理官に相談するが、上層部は「すでに御影は事件の首謀者として補足済みであり、新たな逮捕状は後回し」「企業側には法的根拠なく踏み込めない」という歯がゆい回答に終始する。 かくして、またも警察の“公的捜査”が動きにくい状況下で、都築と大迫は独力に近い形で行動を続けねばならなくなる。
第六章 桜浦神社と漁村の対立煽り
天洋関連の広告とタイアップしたメディアが、連日のように「漁村の保守性が地域発展を阻む」「神社は古い闇を抱えたまま」など批判的に取り上げ始める。 漁民たちは生活基盤を脅かされ、桜浦神社の安西宮司も「いっそ国際的文化施設に衣替えすべきでは?」と無責任に煽られ、地域の内部対立が深刻化している。 そこに、御影一族の当主が秘密裏に接触し、「われらこそ神社と漁村を救える。今こそ真の『潮境』を作り、余計な外部勢力を排除しよう」と呼びかけるという情報がもたらされる。 大迫は呆れかえる。「結局、御影も天洋も“外部勢力”を排除するという点では同じ。互いに利権を握るために漁村や神社を翻弄しているだけか……」
第七章 暗雲漂う湾岸
ある夜、また不気味な前兆が起きる。漁港に係留されていた船が謎の爆破炎上を起こし、数名の怪我人を出す。漁民の間では「天洋の仕業だ」「御影の残党が再起を狙っているんだ」と憶測が飛び交い、疑心暗鬼が増大する。 都築と大迫は現場を検証し、爆破の痕跡が素人の仕業とは思えないと気づく。明らかに火薬や起爆装置のプロが使うようなパターンだ。 「もし天洋が企業ルートで火薬を調達し、御影一族を巻き込む形で撹乱を図っているとすれば……これから先、さらに大掛かりな事件が起きてもおかしくない」と都築は頭を抱える。 大迫も唸る。「“潮境の冥契”とは、そうした殺戮や破壊を前提に、海峡を“自分たちの聖域”に変えようとする企みか……。まるで要塞化し、独自ルールで儀式を行う悪夢だ」
第八章 臨界点に達する騒乱
そして事態は最悪の方向へ進む。天洋の新役員・中村悠仁が、“観光開発の集大成”として「潮境ゲート」の建設計画を正式に発表。近未来的なデザインとAI制御で潮流を管理し、海底トンネルを組み合わせた世界初の“海峡再編プロジェクト”を掲げる。 メディアもこれを大きく取り上げ、「革命的試み」と持ち上げるが、同時に地元漁民たちは「漁場が壊滅する」と激怒し、大規模デモを計画。桜浦神社も「神事を破壊する行為だ」と反対を表明。地域は完全に割れ、大迫は「今度こそ暴動が起きる」と身構える。 そんな混乱の中、御影の当主とおぼしき男が漁民たちの前に姿を現し、「潮境ゲートこそ真の支配への道。しかし、それを完成させるのは我ら御影だ。中村たちは異端だ。海峡の支配は我々が担う……」と煽る。 都築は現場を見つめ、「天洋と御影、一方がゲートを使い国際ビジネスを目論み、もう一方は秘儀の力で血の支配を目論む。どちらも海を道具にしているだけだ……」と悔しさを噛みしめる。
第九章 儀式の呼び水
決定的な事件は突然訪れた。深夜、桜浦神社に再び侵入者があり、安西宮司が襲われ重傷を負う。社殿の中からは古文書や祭器が散逸し、床には「潮境に集い、慟哭を聴け」と血文字が残されていた。 都築と大迫が駆けつけると、安西はかろうじて息があり、「犯人は……御影の者か、あるいは天洋の手先か……。言葉が通じなかった……」と苦しそうに呟く。 彼らは“潮境ゲート”に合わせて、何か壮絶な儀式――**冥契(めいけい)**を行うのだろうか。狙いは神社の秘宝か、それとも住民を生贄にするのか。事態は“血の歴史”の最終段階に向かって突き進んでいるようにも見える。 大迫は怒りを爆発させ、「これ以上、誰を犠牲にする気だ……! 二度とこんな血を見たくない!」と叫ぶ。都築も「警察の動きが鈍いなら、僕らだけでも徹底して止めるしかない」と覚悟を固める。
第十章 黎明の決戦へ
翌朝、天洋の中村が「ゲート建設を開始する」と宣言し、マスコミは大々的に報じる。海峡を仕切る“壁”の建造が急ピッチで進み、海外からの投資も獲得。周囲は興奮気味に“未来都市”を喧伝しているが、地元では断固抗議の声が上がり、対立は燃え上がる。 そして、御影一族も「それを完成させるのは我らが潮盟の宿願だ」と矛盾するメッセージを発し、まるで天洋に歩み寄るかのようだが、一方で「裏切り者には死を」と陰で人々を脅す。 都築と大迫は、望月と合流し「観光開発や未来都市と称して、結果的には海峡を完全掌握し、強権的に儀式を再興するのが狙いではないか」と読み解く。 あらゆる思惑が収斂(しゅうれん)し、光浦海峡は再び一触即発の空気に包まれる。もし“潮境の冥契”が実現すれば、町は深い闇に落ち込み、多くの血が流れるだろう――。 黎明(れいめい)の光がかすかに射し始める時間帯、海面は静まり返っているが、その下で暗い底流が動き出しているような不穏さが消えない。 都築は大迫に言う。「俺たちは再び嵐の中心に飛び込むことになる。だけど、いつか本当に夜明けを迎えるために、踏み込まなきゃならないんだ……」 そう、**“潮嶺の黯”**で止めたはずの狂気が、今また別の姿で甦ろうとしている。海峡に垂れ込める雲は、かつてない黒さを帯び始め、風が低い唸りをあげていた――。
あとがき
第14作目となる本作『潮境(ちょうきょう)の冥契(めいけい)』は、前作『潮嶺(ちょうれい)の黯』で御影一族による集団暴力を阻止した直後から始まります。 ひとまず御影家は“壊滅”したと思われたものの、今回も多くの者が闇に潜み、天洋コンツェルンの“新体制”との奇妙な連携が示唆されます。さらに、海峡を物理的に仕切る「潮境ゲート」の建造計画が表向きに発表され、地域社会の怒りや不安を大きく煽ると同時に、“潮盟”や“潮暁”に通じる秘儀が再興される土壌を醸成していく――。 タイトルにある「潮境(ちょうきょう)の冥契(めいけい)」は、海峡を二分する“壁”ないし“境”を作り、その内側を独自の支配領域として闇儀式を行うという“契約”を暗示しています。前作までの闇が形を変えて生き延び、“未来都市”や“観光資源”という美名のもとで破壊と血を呼び込む展開は、社会派推理の縮図といえるでしょう。 都築・大迫の刑事コンビや、復帰しつつある望月記者、そして桜浦神社の安西宮司らは、今回も強い圧力と危険に晒されながら、それでも“この海峡を守りたい”という思いを胸に立ち向かいます。とはいえ、警察上層部や政界との温度差は依然大きく、捜査令状すら思うように下りない状況が続く。彼らがどこまで闇を食い止められるのか、そして次なる決戦の舞台は「潮境ゲート」となるのか――。 物語は、今まさに“大嵐”が近づいているかのような暗雲を孕んだまま幕を下ろします。読者は、この海峡が果たしていつ本当の夜明けを迎えられるのか、それともさらなる深い闇へ呑まれてしまうのか――シリーズを通して燻る問いを抱きながら、本作を閉じることになるでしょう。
(了)
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