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潮嵐の裁決

山崎行政書士事務所

以下は、これまでの十作――

  1. 『潮満(しおみつ)の刻』

  2. 『潮影(しおかげ)の残響』

  3. 『潮月(ちょうげつ)の黙示』

  4. 『潮闇(しおやみ)の彼方』

  5. 『潮燐(ちょうりん)の楔(くさび)』

  6. 『潮葬(ちょうそう)の刻印』

  7. 『潮痕(ちょうこん)の顕影』

  8. 『潮盟(ちょうめい)の咎標(とがしるし)』

  9. 『潮聲(ちょうしょう)の迷埋(めいまい)』

  10. 『潮暁(ちょうぎょう)の断罪(だんざい)』

――を踏襲する、第11作目の続編長編です。前作で、海底遺構の**「断罪碑」を撮影してついに“潮暁(ちょうぎょう)の秘祭”の核心に迫る証拠を得た捜査陣(都築・大迫)でしたが、巨大企業天洋コンツェルン**やその背後にうごめく権力は、なおも強固な壁として立ちはだかります。社会派推理の要素を意識しつつ、さらなる暗闘と微かな希望の展開を描きます。




序章 嵐の前

 夜明けを迎えつつある光浦海峡(こうらかいきょう)。いまだ夏の終わりの湿った空気が漂い、風はほとんど吹いていない。前作『潮暁の断罪』で手に入れた海底遺構“断罪碑”の映像――それこそが、古来より続く潮盟(ちょうめい)の闇と、天洋コンツェルンの不正を暴く決定的証拠となるかもしれない。 しかし、その映像を携えて帰還した都築(つづき)警部補大迫(おおさこ)刑事は、すでに新たな妨害の影を察知していた。警察上層部は相変わらず捜査の拡大を認めず、国際貿易特区の計画は着々と進められている。闇へ通じる勢力もまた、次の手を練っているはず。 実際、この日の夜半から、突如として天候が崩れ始めた。海峡には見たことのない黒い雲が立ちこめ、潮騒は異様な低い唸り声をあげる。まるで長い沈黙を破るかのように、**“嵐”**が近づいている。これは自然現象だけではなく、何か大きな転機が訪れようとしている徴(しるし)――そんな予感が否応なく胸に迫る。

第一章 変貌した港湾

 翌朝、都築と大迫は再び港湾エリアを訪れる。そこでは、天洋コンツェルンが主導する国際貿易特区の建設が急ピッチで進み、大型クレーンや貨物船がひしめき合う光景があった。 「前作の爆破浚渫で海底の地形が変わった部分に、新たな桟橋が建設されているようです。あれほどの破壊をやっておきながら……」と大迫は呆れ気味に言う。 都築は遠くを見据える。「ここまで迅速に再開されるとは。よほど大きな資金と政治的後ろ盾があるのだろう。まるで、どこかの指示を受けて“最終段階”を急いでいるようにも見える」 確かに、港湾周辺には海外の要人らしき姿も散見される。視察とも商談ともつかない集まりが行われているのかもしれない。 そんな喧噪のかたわらで、私設警備員が鋭い目を光らせ、カメラを構える都築と大迫に「撮影はお断りしています」と近づいてくる。公の場所でさえも事実上の締め出し状態。 「証拠映像なんて撮らせませんよ――」という無言の圧力が嫌でも伝わってくる。前作で手にした“断罪碑”の水中映像が発覚したら、彼らはどんな手段を使ってでも握り潰しにかかるだろう。

第二章 内通者の密約

 そんな中、警察庁から出向してきた鷹津(たかつ)管理官が都築らに声をかける。公には彼らを制止する立場だが、密かにこう言うのだ。 「じつは中央政界の一派が天洋を警戒していてね。近々、“ある人物”が内密に動いてくれるかもしれない。あなた方は、すべてを掘り返す準備だけは怠らずに」 大迫が「具体的にどんな人物なのか」と尋ねても、鷹津は「こちらも詳しくは知らされていない」と濁す。 だが、こうした動きが出てきた以上、既に天洋コンツェルンと政界の一部が衝突寸前になっていると推測できる。 「つまり、我々の“断罪碑映像”が、大きな取引材料になるかもしれないということか……」と都築は独りごちる。果たして、それが“正義”に繋がるのか、それとも単なる権力闘争の一端でしかないのか――不安は拭えない。

第三章 桜浦神社への通告

 一方、安西(あんざい)宮司のもとに役所から「神社の一部境内が公的事業のため立ち退き対象となる見込みだ」という通告が届く。国際貿易特区の拡張計画に伴い、海峡周辺の土地収用が検討されているという。 安西は怒りを押し殺し、都築と大迫に報告する。「あの鳥居や社殿をどけろというのでしょうか。長年、潮満神事を守ってきたこの地の精神的支柱が壊されてしまう……」 しかも、天洋コンツェルンから「神社の“歴史的意義”を観光資源として活用させてほしい」という申し出もあったという。まるで、表向きは神社を保護するかのように見せながら、実質的には観光ビジネスに利用し、核心部分は取り潰すかもしれない。 「潮暁の秘祭を司ってきた神社が、いよいよ企業の金儲けの道具に……」と大迫は唇を噛む。「これ以上、好きにさせるわけにはいかない」

第四章 望月の進展

 病室で回復を続ける望月は、少しずつ記憶を取り戻し始めていた。彼女は都築と大迫に、断片的ではあるが自身が見聞きしたことを話す。「やっぱり……海底に**“断罪の場”**があって、何人もの犠牲者が……そこへ……」 さらに、拘束されていた間に耳にした会話で「天洋コンツェルンが“嵐の日”を狙って最終的な“儀式”を行う」という噂を聞いたと語る。 「嵐の日……? 天候の不安定な日に何をやる気だ?」大迫は首をかしげる。だが、前作のラストで見えた黒雲、そして今も天気予報で近づく台風の報がある。 望月はノートに震える手で書き殴る――「潮嵐(ちょうらん)」「裁」「ケツ…」。最後の文字は判別しづらいが、どうやら“裁決”らしき言葉である。 「潮嵐の裁決……?」都築がつぶやく。それこそが、今回の物語を象徴するフレーズにも思える。もし天洋が嵐の日に最終的な“断罪”を行い、邪魔者を一掃しつつ大口の取引をまとめる計画を進めているのだとすれば――いよいよ決着のときが迫っているのかもしれない。

第五章 再び動き出す“潮盟”

 港湾特区の完成式典が、翌週に控えているとの情報が入る。国内外の要人が集まり、大々的なセレモニーを開催する予定だという。一方、天気図では、その週末に大型台風の上陸が予想されている。 都築は鷹津管理官に相談するが、上層部は「式典を予定通り進めろ」という方針を崩さない。大迫が苛立つ。「このままじゃ、嵐の最中に何か事件が起きても不思議じゃないのに……」 しかも、潜入調査を続けていた木澤からは「天洋の警備チームが大規模に動員され、港湾を封鎖する準備をしているらしい。式典の警備という名目だが、実際には“外部の者”を一切近づけないようにする狙いだろう」と警告が入る。 もしや、“潮盟”の秘祭の再現とも言える何かを、式典と同時に行うのではないか――都築と大迫の危惧は膨らむばかりだ。

第六章 動乱の式典前日

 式典前日、港湾は厳戒態勢に入り、要人が続々と到着する。一方、地元では桜浦神社を巻き込んだ強制立ち退きの話が流れ、住民は混乱に陥っている。 都築はマスコミ数社に極秘裏に接触し、断罪碑の映像提供を打診する。しかし、どの社も「扱いが難しい」「上層部から圧力がかかる」と尻込みするばかりだった。 すると突然、望月の所属する地元紙の編集部から連絡が入る。「望月の名を出さずに、映像の一部をネット配信する計画を進めています。式典直前に衝撃を与えられるかもしれません」とのこと。 わずかながら動き出した反撃の芽――だが、成功する保証は全くない。大迫は唇を引き結ぶ。「時間がない。台風も近づいている。明日には嵐が吹き荒れるかもしれない。まさに“潮嵐の裁決”が下されるのか――」

第七章 嵐の日、式典の幕開け

 ついに式典当日。早朝から雨足が強まり、風が海峡を荒々しく吹き抜ける。沖合では大型船が漂泊し、湾内のクレーンがきしむ音が不気味に響く。 式典会場には要人や報道陣が集まるが、天候悪化で混乱が始まる。警備チームは一層ピリピリし、一般関係者は遠ざけられている。 都築と大迫は式典に紛れ込もうとするが、天洋側の顔認証システムで阻まれ、近づくことすら難しい。そこへ鷹津管理官から耳打ちが入る。「どうやら、政界の一部派閥も秘密裡に動いている。何か大きな発表があるらしい。あなた方は“映像流出”のタイミングを合わせろと言われているぞ」 すべてが一瞬の賭け――断罪碑の映像が世に出れば、天洋の邪悪な習俗の数々が白日にさらされる。だが、その前に“海へ沈められる”危険性もあるのだ。

第八章 流出と混乱

 午前十時を回った頃、地元紙のWebサイトが更新され、断罪碑の映像の一部がリークされる。さらにネットの動画プラットフォームにも“海底遺構と古文書の存在”を示す短いクリップが次々と拡散。 瞬く間にSNSは騒然となり、「天洋コンツェルンが古来の“血の儀式”を利用しているのか?」といったセンセーショナルな見出しが並ぶ。大手マスコミも黙殺しきれなくなり、「事実関係を調査中」と報じ始める。 式典会場は大混乱に陥る。天洋幹部や招かれた政治家たちは釈明を余儀なくされ、警備が要人を守ろうと動き回る。外には嵐の風雨が激しく吹きつけ、視界も悪い。まさに混沌そのもの。 都築は大迫とともに会場周辺を駆け回り、手薄になった隙を突いて潜入を試みる。「この機を逃すまい……!」

第九章 裁決の時

 混乱の中、都築と大迫は天洋のVIPルームに足を踏み入れる。そこでは、トップたちが政界の一部と激しい言い争いをしている様子だ。 「あなた方のやり方は暴挙に等しい! 世界に醜態を晒してどうする気だ!」と政治家たちが罵声を飛ばすのをよそに、天洋幹部は冷静な口調で返す。「我々はただ、歴史的権能を回復させただけです。光浦海峡は“我々”が支配する――この“潮盟”がそれを証明してくれる」 そこへ都築が割り込み、断罪碑映像のさらに詳細なパートを示すプリントを突きつける。「歴史的権能だと? それが何人もの犠牲者を海に沈めてきた事実を正当化する理由になるのか。あなた方の汚い手口は、すでに多くの目に触れたぞ」 幹部は目を剥き、「口を慎め」と叫ぶ。が、その声も豪雨と会場のざわめきにかき消される。政治家の一人が「ここまで大事になった以上、もはや引けない」と息巻き、警備に都築らを排除するよう命じる。しかし、その指示を待つ間もなく、鷹津管理官が率いる公安部隊が乱入してきた。 「……令状を取った。これより関係者を事情聴取する。捜査妨害は許さない」 嵐の風が会場の窓を揺らし、潮風が吹き込んでくるなか、ついに決定的な衝突が始まる――。

第十章 嵐の去り際、そして

 式典は完全中止となり、天洋幹部や政治家数名が公安によって連行される。メディアも現場に押し寄せ、断罪碑の映像と相まって急展開の報道合戦が始まる。 しかし、都築と大迫が手にした映像の全容は、あくまで“人道的観点から”との理由で一部カットされ、一部のメディアは「過激なシーンは確認できず、事実関係は調査中」と濁す。 結局、海外との大口契約などは一時凍結となるものの、天洋コンツェルンの企業体自体が崩壊するわけでもない。幹部の一部が“過激派”の存在を認めて謝罪し、責任者を解任する形で収束を図ろうとしているのだ。 「結局、会社そのものが全面的に潰れることはないのか……」と大迫はやるせない表情を見せる。都築も、「今までと違って、明るみに出た事柄だけでも大きな前進だが……」と複雑な思いを抱く。 同時に、桜浦神社の強制立ち退き話は一旦白紙撤回となった。今回の騒動が政治問題化し、地元への火消しとして“神社は保護する”方針を打ち出さざるを得なくなったのだ。安西宮司は深く礼を述べつつも、「まだ安心はできませんね」と気を緩めない。 外では嵐がようやく勢いを失い、雲間から夕陽が覗く。嵐の中心が通過していった後の静寂は、まるであの“潮嵐の裁決”の結末を映し出すかのように重々しいが、わずかながら澄んだ空気も感じさせる。 都築と大迫は、病室で眠る望月の姿を思い浮かべながら、桟橋に立ち尽くす。「まだ完全解決ではない。しかし、一つの大きな壁を突き破ったことは確かだ。いつの日か、この海峡から血の習俗が消え去ることを信じたい……」 夕暮れの静かな潮騒が、長く続いた闇の歴史に一石を投じるように、どこか清浄な響きを伴って耳に届いていた。

あとがき

 第11作目『潮嵐(ちょうらん)の裁決(さいけつ)』では、遂に都築・大迫たちが“断罪碑”の映像を世に出し、天洋コンツェルンの闇の一端を暴くことに成功しました。嵐のなかで開かれた式典での混乱や、関係者の連行といったドラマチックな展開を迎えつつも、結末において企業そのものが滅びるわけではなく、社会が急変するわけでもない――これこそ、社会派推理の現実的構図といえるでしょう。 古来から続く“潮盟”や“潮暁の秘術”といった因習に乗じ、近代的ビジネスや政治権力が結託して数多の犠牲を出してきた構造が、ここで部分的に明るみに出ました。しかし、事件を経てもなお巨大企業の基盤は揺るがず、深い闇は残り続けるかもしれません。 それでも、物語の終盤で嵐が過ぎ去り、神社の立ち退きが一旦白紙になったことは、シリーズ通して最も大きな前進です。警察の一部(鷹津管理官)や政界内の反対派が動き、望月記者の回復の兆し、そして桜浦神社や住民たちが守られる展開に、一筋の光が差したとも言えます。 とはいえ、この海峡の風が完全に澄み渡る日は、まだ遠いかもしれません。**「潮嵐の裁決」**が一段落した今、なお続く血の歴史と欲望の軋轢は、どのような次なる波乱を呼ぶのか――。本作のラストに響く静かな潮騒は、作者の問いかけとして読者の心に残されることでしょう。

(了)

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