以下は、これまでの十六作――
『潮満(ちょうまん)の刻(とき)』
『潮影(ちょうかげ)の残響(ざんきょう)』
『潮月(ちょうげつ)の黙示(もくし)』
『潮闇(ちょうやみ)の彼方(かなた)』
『潮燐(ちょうりん)の楔(くさび)』
『潮葬(ちょうそう)の刻印(こくいん)』
『潮痕(ちょうこん)の顕影(けんえい)』
『潮盟(ちょうめい)の咎標(とがしるし)』
『潮聲(ちょうしょう)の迷埋(めいまい)』
『潮暁(ちょうぎょう)の断罪(だんざい)』
『潮嵐(ちょうらん)の裁決(さいけつ)』
『潮刻(ちょうこく)の慟哭(どうこく)』
『潮嶺(ちょうれい)の黯(やみ)』
『潮境(ちょうきょう)の冥契(めいけい)』
『潮門(ちょうもん)の虚域(きょいき)』
『潮裂(ちょうれつ)の狂瀾(きょうらん)』
――を踏まえた、第17作目の続編長編です。前作「潮裂の狂瀾」では、天洋コンツェルンと御影一族の合作による大規模テロ的儀式「潮裂プロジェクト」が未遂に終わったものの、多くの被害と死者を残し、根本的な闇はなおも拭えぬまま。光浦海峡(こうらかいきょう)や桜浦神社(さくらうらじんじゃ)、そして漁村をめぐる血の歴史は、再び静かに底を這い回ろうとしている――。
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序章 穏やかなる暗鬱
前作の「潮裂の狂瀾」で、壮絶な水没事故と流血を伴いながらも、天洋コンツェルンと御影一族が目論んでいた大規模儀式は阻止された。警察による強行突入によって、暴走を主導したローブ集団や幹部の一部は逮捕され、あるいは水中に消えていった。 しかし、事件後の光浦海峡(こうらかいきょう)は一見平穏を装いつつ、いつものように潮の満ち引きを繰り返している。前作までの混乱で失ったものはあまりに大きいが、街には意外にも「ようやく闇が過ぎ去った」という空気すら漂い始めている。 警視庁捜査一課の都築(つづき)警部補と地元署の大迫(おおさこ)刑事は、その薄ら笑いめいた平穏がむしろ恐ろしかった。かつて何度も、静寂の裏で巨大な陰謀が成長し、再び血の香りを放ってきた――。 やがて人々の間で、新たな噂が流れ始める。「潮牢(ちょうろう)」という言葉と、「慟涯(どうがい)」という不穏な響き。これはまた、海峡を閉じ込める邪悪な力か、それとも秘祭の最終形態なのか。漁村や桜浦神社から断片的に浮かんでは消える怪談めいた噂が、都築と大迫の胸にひどく嫌な予感を生じさせる。
第一章 組織再編? 天洋コンツェルンの動向
前作で大きな痛手を負った天洋コンツェルンは、幹部の逮捕や社内粛清を経て、一から立て直しを図っているという。マスコミには「これまでの過激な派閥は一掃し、クリーンな経営へ転換する」と再宣言しているが、都築や大迫は全く信用していない。 大迫は渋い顔で言う。「旧幹部がいなくなった分、むしろ見えない闇が深まっている可能性もある。何しろ、企業体は解散していないし、豊富な資金と政治ルートも残ったまま。いつまた“新プロジェクト”を立ち上げるか分からない」 都築もうなずく。「とはいえ、過激儀式を進めた集団は壊滅的打撃を受けたはず。天洋本体が、御影一族と再び結託するかどうかは微妙かもしれない。だが、彼らがまったく別の形で“潮盟”を復活させる可能性は否定できない」
第二章 漁村での再会と別れ
事態が落ち着いたことで、漁村では一部の住民が「これからは企業や行政の支援を受け入れ、観光化を進めるしかない」と考えるグループが増えつつある。それに反発して「また同じ轍を踏むのか」と怒る者もおり、内部対立が再燃の気配を見せる。 木島(きじま)ら闘志を燃やしていた漁師の何人かが、様々な亀裂を生む中で「もう限界だ」と他所の町へ転出していく者も出ている。大迫はその姿を見て、やるせない思いを噛み締める。 「やっと暴走儀式を阻止したと思えば、今度は漁村そのものが崩壊の危機に瀕している……。天洋は“穏健派”を装って受け入れやすい改革案を提示するのかも」 都築は苦悩する。「こうして住民がバラバラになれば、次の“何か”が起きてもまとまった抵抗をできなくなる。彼らがいない間隙をついて、新たな陰謀が動く可能性は高い」
第三章 神社と望月の新調査
桜浦神社では、安西宮司が襲撃された傷も癒えぬまま、再び奉職を続けていた。前回の事件で失われた古文書や祭具も多く、神社は疲弊しきっている。 そんな折、地元紙記者の**望月(もちづき)**が、神社の復興を手伝いながら“潮牢(ちょうろう)”という古い文言を探す調査を始める。安西が案内する書庫の断片的資料には、「牢」は現代の意味だけでなく、“海を閉じ込める結界”を指す例もあるという。 望月はメモを取りつつ、「海峡を閉じ込める結界――まさに“牢”ですね。前作のゲートよりも強力な仕組みを暗示しているようにも思えます」と都築・大迫に報告する。 都築は深くうなずく。「もし“潮牢”が実現されれば、海がひとつの“牢”となり、外部から遮断される。そこに“慟涯(どうがい)”という終末的な概念が結びつけば、再び多くの血が流されてもおかしくない」
第四章 御影一族の真の当主?
前作までに御影家の当主は意識不明とされてきたが、最近の捜査で「実は“真の当主”が海外に潜伏している」との情報が浮上する。彼こそが一族の正統を受け継ぐ人物で、“潮盟”の真髄を知る者とも言われる。 鷹津管理官が都築に伝える。「海外から資金や武器を調達し、新たな拠点を築こうとしている形跡がある。いわゆる“過激儀式派”が中心になり、今度こそ“決定版”となる秘儀を成就する恐れがある」。 大迫は背筋を凍らせる。「前回まで、我々は何度も御影と戦ってきたが、それが本当の首領ではなかった……? ならば、今度の“潮牢の慟涯”は過去最大の脅威かもしれない」 都築は安西宮司に「もし真の当主が帰国し、神社の古伝や“潮牢”に関する道具を狙ってきたら、最悪の場合、神社や漁村が再び血祭りにされるリスクが高い」と告げ、警戒を強めるよう求める。
第五章 天洋の新幹部と不可解な事業
一方、天洋コンツェルンも、新たに昇格した幹部数名が「海底インフラ」を名目に再び大規模事業を立案しているという噂がある。かつてのゲートやトンネル建設失敗を踏まえて、もっと巧妙に、かつ表向きは“環境保護”を掲げる形で進めようとしているようだ。 望月は内部文書を入手し、都築らに見せる。「ここに書かれた“モデル区画”って、どうやら海峡の一部を人工干拓して施設化する計画みたいです。地図では神社裏の岬や漁村沖に当たります……」 大迫が地図を指し、「ここには以前から“潮牢の結界”にまつわる伝承があった場所じゃないか。狭い湾を干拓し、海面を大幅に下げることで、何らかの儀式空間を作れるかもしれない」と推測する。 都築は歯がゆい表情を浮かべる。「企業が本気を出せば、政治家や官庁の協力を得てすぐに事業許可を取る可能性がある。そこへ“真の当主”が来て、御影家の儀式を融合させる――想像するだけで恐ろしい」
第六章 漁村ラジカル派の暴走
そんな中、漁村では長年の迫害に耐えかねたラジカル派住民が「武力で企業を叩き出す」と主張し始める。過去の儀式や暴力行為の被害者遺族が集まり、極端な復讐思想を掲げるようになってしまったのだ。 都築と大迫は木島らと協力して説得を試みるが、「もう警察なんて信用できない」「ここで手をこまねいていれば、また大量の犠牲が出る」と憤懣をぶちまける者が相次ぐ。 大迫は悔しさに唇を噛む。「彼らの怒りは理解できるが、ここで内乱が起きれば天洋や御影の思う壺かもしれない。あるいは、真の当主がそれを利用して“潮牢の慟涯”をトリガーとして使う可能性もある……」 都築は情報を精査しつつ、鷹津に「もう一度強制捜査を提案できないか」と食い下がるが、上層部は「前回の大失敗を繰り返さないために、慎重に進める」となおも動きが鈍い。
第七章 海外からの帰還者
ある日、空港で“謎の人物”が入国したという情報を望月が掴む。どうやら海外に潜伏していた御影の真の当主と思われるが、パスポートの名義や顔写真は替え玉の可能性があり、確認が難しい。 「彼は光浦のホテルに滞在し、数日以内に神社や漁村を“視察”すると言われていますが、同時に天洋の新幹部とも極秘会合を予定しているらしい。もしこれが事実なら、まさに“潮牢”の完成を決定づける会議になるかも……」 都築は大迫、そして木島や神社関係者と「何としてもこの会合の場を押さえたい」と決意する。 鷹津管理官の助力で、ある程度の捜査許可を取り付け、当日の会合会場を内偵することになるが、相手も警戒が厳重で、そう簡単には近づけないだろう。
第八章 会合当夜、始まる“牢化”
深夜、都築と大迫、さらに少数の応援がホテル周辺を張り込みするが、見張っていたはずのVIPルームには誰も現れない。警備員の錯乱行動やフェイク情報に惑わされているうちに、御影の当主らしき一行は別の経路で海辺へ移動していた。 漁村の海岸では、不穏な集団が集まり、やがて天洋幹部数名も合流。結局、彼らはホテル会合ではなく、海に面した旧倉庫で夜の密談を行っていたのだ。 そこへ到着した都築らが窺い見ると、御影の当主らしき男はローブの一団を従え、「潮牢の儀式」を断行するために“干拓”あるいは“ゲート再建”に協力するよう天洋幹部に要求しているらしい。幹部側も譲歩しつつ、「できるだけ大規模で華々しいプロジェクトにする」と応じている。 大迫は「やはり企業と秘儀が再度手を結ぶのか……このまま見逃せば、さらに恐ろしい惨劇が起きる」と震える。
第九章 血塗られた倉庫の夜
そこで何者かが倉庫の奥で儀式めいた行為を始め、悲鳴が上がる。都築たちはタイミングを見計らって突入するが、待ち受けていたローブ連中が一斉に凶器を振りかざし、激しい乱闘に。 混戦の中、御影の当主は「これはほんの序曲。我らは新たな“潮牢”を築き、慟涯を迎える。ここで警察如きが乱入しても無駄だ!」と嘲笑を浮かべる。 都築と大迫、さらには漁民や神社関係者も救援に駆けつけ、必死に被害を最小限に抑えようとする。幹部連中はあわてて逃走を図り、当主も混乱に乗じて姿を消す。 数名の警備員やローブ集団が捕まるが、暗闇に飲まれた幹部と当主を追うことはできない。倉庫には血痕と倒れた犠牲者が残るばかり。まさに“血塗られた夜”の再来となった。
第十章 夜明けの叫び
激闘の果て、朝日が昇り始める頃、ようやく倉庫周辺の騒動は鎮圧され、都築たちは意識不明の負傷者を救護しつつ、現場検証に当たる。 しかし、最重要人物である御影の当主や天洋の幹部は依然として捕捉できていない。彼らの計画も未だ見えず、また多くの血が流れたという事実だけが生々しく残される。 渚には、逃げ散ったローブの残党が残したと思われる書き置きが落ちていた。そこには**「潮牢はまだ完成していない。次こそ慟涯をもたらす――」という脅迫的文言が書かれている。 大迫は絶望的な気分で顔を覆う。「これで終わりじゃないんだ……どこまで続くんだ、この血の連鎖は」 都築は息をのんで夜明けの空を見上げる。「きっと、海峡そのものを“牢”に変えようという企みは、まだ止まっていない。連中は何度でも形を変えて蘇る……」 桜浦神社の安西宮司や、報道のために駆けつけた望月記者も、その無残な光景を目にしながら、ただ胸に痛みを抱えるしかなかった。潮裂の次は潮牢**。いつまでこの地は血の淵を彷徨わねばならぬのか――誰にも答えはわからない。
あとがき
第17作『潮牢(ちょうろう)の慟涯(どうがい)』では、「潮裂の狂瀾」の後に一旦は平穏を取り戻したかに見えた光浦海峡が、再び漠然とした“閉鎖”の脅威に晒される様子が描かれます。企業(天洋コンツェルン)と御影一族の思惑が微妙に変化しつつも、まだ徹底的には解体されず、むしろ密かに再編されることで新たな陰謀(潮牢の儀式)を準備している―という構図です。 タイトルの「潮牢」は、海そのものを“牢”として封じ込め、人々を閉じ込めたまま大量殺戮や儀式的暴力を行う計画を示唆します。過去の「潮境」「潮門」「潮裂」といったキーワードが示すように、古の秘儀が形を変えて現代技術と融合し、社会全体を巻き込む危険性を孕んでいるというのが、社会派推理の醍醐味です。 物語終盤で起きる惨劇(倉庫での乱闘と血塗られた夜)によって、再び多くの犠牲が出るものの、首謀者や真の黒幕は逃亡。捜査陣は“またしても”未完の結末に終わり、読後には重苦しい虚無感が広がります。ただし、読者には「果たして次こそ、本当に血の歴史が止められるのか?」という問いかけが残されるのです。 都築や大迫、安西や望月といった登場人物たちは、疲弊しながらも“少しでも前に進みたい”という意志を捨てきれない。それが、シリーズ全体を通じての細い光となりうるか、あるいはまた挫折するのか――今作でも最終的な結論は出ず、闇は依然として濃厚なまま。光浦海峡は曇天の朝に包まれ、タイトルのとおり「潮牢の慟涯」の予感を散りばめながら幕を下ろします。
(了)
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