以下は、これまでの十七作――
『潮満(ちょうまん)の刻(とき)』
『潮影(ちょうかげ)の残響(ざんきょう)』
『潮月(ちょうげつ)の黙示(もくし)』
『潮闇(ちょうやみ)の彼方(かなた)』
『潮燐(ちょうりん)の楔(くさび)』
『潮葬(ちょうそう)の刻印(こくいん)』
『潮痕(ちょうこん)の顕影(けんえい)』
『潮盟(ちょうめい)の咎標(とがしるし)』
『潮聲(ちょうしょう)の迷埋(めいまい)』
『潮暁(ちょうぎょう)の断罪(だんざい)』
『潮嵐(ちょうらん)の裁決(さいけつ)』
『潮刻(ちょうこく)の慟哭(どうこく)』
『潮嶺(ちょうれい)の黯(やみ)』
『潮境(ちょうきょう)の冥契(めいけい)』
『潮門(ちょうもん)の虚域(きょいき)』
『潮裂(ちょうれつ)の狂瀾(きょうらん)』
『潮牢(ちょうろう)の慟涯(どうがい)』
――を踏まえた、第18作目の続編長編です。前作「潮牢の慟涯」で御影一族の“真の当主”が姿を現し、再び血の儀式を試みるも未遂に終わりました。しかし、この地の暗雲はなお晴れず、**光浦海峡(こうらかいきょう)**の底に根付いた血と陰謀の連鎖は、終焉とは程遠い状況にあります。果たして今回こそ、真の決着が訪れるのか、それともさらなる破局が待ち受けるのか――。
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序章 夜陰に淀む潮流
前作『潮牢の慟涯』で、「潮牢」と呼ばれる新たな邪悪なプロジェクトが一部始動し、多くの流血をもって阻止されはした。しかし、御影一族の“真の当主”は取り逃がされ、天洋コンツェルンも幹部の一部を切り捨てる形で事態を幕引きし、企業体制そのものは健在。 神奈川県警捜査一課の都築(つづき)警部補と地元署の大迫(おおさこ)刑事は、いっときの小康状態を迎えたものの、深い不安を抱え続けている。何度となく血塗られた儀式を試みてきた勢力が、これで諦めるとは思えないからだ。 最近また耳にする奇妙なフレーズ――「潮獄(ちょうごく)」と「惨宴(さんえん)」。漁村や桜浦神社(さくらうらじんじゃ)に出没する謎の書き置きや怪文書に、これらの言葉が頻出し始めたという。かつての“潮暁”“潮境”“潮牢”といった不吉なキーワードの系譜を引く、新たな危機の暗示ではないか――都築たちは神経を尖らせていた。
第一章 異様な死体と天洋の影
ある朝、海岸で発見された若い男性の死体が事件を幕開ける。遺体は白装束を纏(まと)い、胸に謎の刻印が彫られていた。警察は殺人事件として動き出すが、現場からは天洋コンツェルンの社員証らしき物が見つかったうえ、不可解な血文字「獄」が砂上に残されていた。 都築と大迫が現場検証を進めると、上層部から「天洋社員に対する風評被害につながる」との圧力がかかり、捜査を深追いしにくい雰囲気が漂う。しかし、大迫は憤りを隠せず、「今まで何度もこうして隠蔽され、儀式は拡大してきたじゃないか」と噛み締める。 やがて、被害者が“新体制”の天洋で重要プロジェクトに関わっていたエンジニアだったことが判明。単なる恨み殺しなのか、それとも企業と秘儀の繋がりを知りすぎた故の口封じなのか――都築は首をひねる。
第二章 神社が受け取った怪文書
安西(あんざい)宮司が都築らを神社に呼び出し、怪文書を手渡す。そこには「潮獄を開く時、惨宴は極まる。百人、千人の血を得れば、新時代が訪れる」という狂気じみた文言が連ねられていた。 安西は震える声で言う。「また“百人、千人”などという大規模な殺戮を示唆している。前にも“百人の血”を捧げるなどの記述がありましたが、今度はさらに規模が拡大しているかのようです……」 大迫は顔を強張らせる。「“潮獄(ちょうごく)”が“牢”よりさらに強力な拘束を意味するのか? あるいは地獄の“獄”を連想させる言葉……。そこに“大勢の血”を捧げる惨宴とは、一体どれほどのテロ行為を指すのか想像もつかない」 都築は神社の書庫を改めて調べるが、潮獄という言葉についての記述は乏しく、ただ“潮牢”や“潮境”と同じ系譜で“海を完全に閉じ込める”イメージが強いようだ。
第三章 望月のスクープと脅迫
地元紙記者の**望月(もちづき)**は、新たに入手した天洋社内資料から、企業が次の“海洋制御プロジェクト”を秘密裡に進めている兆候を掴む。「前回の干拓・トンネル計画とは異なる形で、もっと大規模な施設建造を検討している」とのことだ。 望月は仮タイトル「地獄門プロジェクト」という記述を見つけ、都築らに見せる。「地獄門――まさに“潮獄”を連想させます。どうやら天洋は、再度海外の資本や軍需企業と連携し、海峡を局所的に“要塞化”する計画を進めているようなんです。地震や津波を逆手に取る災害対策名目との噂も……」 しかし、このスクープを社内で進めようとすると、またしても編集部や上層から圧力がかかり、望月には執拗な脅迫メールが届く。彼女は恐怖に震えながらも「もしこれが真実なら、再び血の惨劇が起きるのを黙って見過ごすわけにはいかない」と決意する。
第四章 漁村に漂う不気味な団結
これまで分裂状態だった漁村が、何故か妙に落ち着きを見せ始める。住民たちは“天洋との抗争”をやめ、ある意味諦めにも似た態度を取りつつ、「漁村同士で結束して守ろう」という動きに傾いている。 大迫が知人に話を聞くと、「実は、御影一族に近い人物から“漁村を守る代わりに協力せよ”と持ちかけがあったらしい。連中はもう直接対立ではなく、何か別の形で住民を抱き込み、天洋に対抗するつもりかもしれない」との噂が。 都築は頭を抱える。「住民が御影に協力し、逆に天洋を攻撃しても、結局血の儀式に巻き込まれるのがオチだろう。これまで何度も欺かれてきたじゃないか……」 もし漁村が御影と結託したら、さらに事態は混迷し、天洋との衝突が激化、さながら“内戦”のような様相を呈しかねない。そこに“潮獄の惨宴”が加われば、大量殺戮は避けられない。
第五章 再び現れた“真の当主”
そんなある夜、桜浦神社に一本の電話が入る。受け取った安西宮司が驚いた様子で都築に連絡を寄越す。「御影の真の当主を名乗る人物から『いずれ神社へ訪れる。血の儀式に必要な古伝を示せ』と脅迫されました。断れば“海峡を焼き払う”とまで……」 これに対し大迫は「奴らは追い詰められているのか、それとも全く余裕があるのか分からないが、“焼き払う”なんて表現、まるで都市を丸ごと破壊するような大がかりな作戦を思わせる」と吐き捨てる。 都築は鷹津管理官とも連携し、神社周辺を重点警戒することに。今度こそ“真の当主”を捕らえて闇の根源を絶ちきりたいが、前回までの通り相手は巧妙に逃げ回るだろう。 望月は「もし当主が神社に姿を現すのなら、そこが最大のチャンスかもしれませんね」と感じ、取材カメラを握りしめる。だが、大迫は「危険すぎる」と止めようとする。
第六章 天洋からの不穏な提案
一方、天洋コンツェルンからは“漁村・神社との対話”という名目で新たな会合が提案される。そこに都築と大迫、さらに安西や木島らも呼ばれ、「企業と住民が共存するためのプランを示す」と言うのだ。 しかし、この手の“会合”はこれまで何度もフェイクの場として使われてきた。案の定、内部情報によると「会合当日に“ある催し”を組み込み、御影当主との決着を図るつもりかもしれない」という噂が流れる。 都築は大迫と顔を見合わせる。「天洋が御影をおびき出し、一挙に排除しようとしているのか……。だが、逆に御影が会合を利用して大規模な血の儀式を起こす可能性もある」 とにかく情報戦が苛烈を極めるなか、事態は“潮獄の惨宴”なる大破壊へ突き進むのか、それとも何とか阻止できるのか――予断を許さない。
第七章 決戦の場:防潮堤の夜
会合の当日、場所は港湾の防潮堤を改装したホールという異様なロケーション。都築と大迫、安西らが足を踏み入れると、そこは人工的に水面へ突き出した空間で、海水を抑え込む巨大な堤防が背景にそびえている。 天洋幹部が漁村代表を出迎え、表向きは和やかなムードを演出するが、背後には明らかに警備が厳重で物々しい。 やがて、嵐のような風が吹きはじめ、会合が本格化する前に突如として停電が起きる。暗闇の中、何者かが叫び声を上げ、銃声が響く――。 非常灯が点いた時には、御影の当主がローブ姿で壇上に立ち、複数の手下が漁民たちを拘束している。「我らこそが海峡を支配する正統。天洋がいかに飾ろうと、この潮獄の門を開けば、すべて灰燼に帰す……」 都築と大迫が咄嗟に駆け寄ろうとしたところ、天洋の警備員も加わり二重三重の混戦状態に突入。幹部らは「ここで御影を抹殺する」と銃を構え、当主は「愚かな企業の狗ども……」と狂笑を浮かべる。
第八章 防潮堤の破壊――惨宴へ
まさに阿鼻叫喚となる中、当主はリモコンのスイッチを押し、防潮堤の一部が爆破される。堤防が決壊し、外海から激しい潮が流れ込み、ホールを水没させ始める。 「これこそ潮獄……この場を閉じ込め、全員を我が儀式の供物とするのだ!」当主は高笑いを上げる。天洋幹部の一部も巻き込まれ、「やめろ、こんなことをしても何も得られない!」と絶叫するが、もう遅い。 都築と大迫は漁民たちを救出しようと動くが、嵐のように吹き込む海水と瓦礫が行く手を阻む。複数の犠牲者が出る中、御影の当主は自らの手下とともに別の非常口へ逃れようとする。 大迫は拳銃を構え、「ここで逃がせば、また繰り返しだ……!」と叫び、当主に狙いを定める。海水が半身まで迫る冷たい浸水の中、銃声が轟く――。
第九章 終わりなき深淵
銃撃の末、当主とその側近は倒れ、喀血しながら何か呪詛の言葉を吐く。「潮獄は……まだ閉じていない……。さらに大いなる力が、海峡を……」と途切れ途切れにつぶやき、絶命。 都築と大迫は何とか生存者を誘導し、割れた堤防から外へ脱出する。天洋幹部の一部も救助されるが、多くは死傷者を出し、現場は惨憺たる有様となった。 漁民たちは呆然と立ちすくみ、桜浦神社の安西宮司も「また大勢が……これ以上、どうすれば……」と涙を流す。 結局、この夜の惨劇で、御影家の“真の当主”は命を落とし、天洋の一部幹部も同様に死亡もしくは行方不明。捜査陣がようやく“儀式派”を撃破した形にはなったが、またしても血が流れ、完全な解決には至らない。
第十章 朝焼けの中で
明け方、潮がゆっくりと引いていく中、救急車や警察車両がホール跡へ集まり、総勢何十人もの負傷者や遺体を搬送する。報道陣も駆けつけ、緊迫した雰囲気が広がる。 望月は泣きはらした眼でカメラを回し、「これが“潮獄の惨宴”だったのか……。毎回、ほんの小さな差で阻止しきれず、多くの人命が奪われる。私は、もう言葉を失います」と声を震わせる。 都築と大迫は、ようやく最大の黒幕である御影の当主を倒したものの、胸に残るのは虚しさと疲労感。そして「本当にこれで終わったのか?」という疑念。天洋コンツェルンはまたしても「一部社員の暴走」というパターンで責任を切り捨てるだろうし、利権や政治との癒着は依然不透明だからだ。 潮騒が遠くで鳴り続ける。桜浦神社では再度の葬儀を執り行う準備に追われ、漁村は崩壊寸前の状態にある。それでも生き残った者たちは、淡い希望を胸に今日を迎えている――いつか、この呪われた連鎖に終止符を打てる日が来ることを信じて。 潮獄(ちょうごく)の惨宴(さんえん)は幕を下ろしたが、光浦海峡の闇は果たしてどこまで浄化されたのか。朝焼けの空に薄らぎゆく雲の向こうには、まだ見ぬ危機の予兆が揺らめいているかもしれない。
あとがき
第18作『潮獄(ちょうごく)の惨宴(さんえん)』は、前作「潮牢の慟涯」に続き、御影一族の“真の当主”が登場し、さらに天洋コンツェルンの一部が再度結託する形で、血の儀式を大規模に遂行しようとする物語となりました。 タイトルの「潮獄」とは、これまで「潮牢」「潮境」「潮裂」などで暗示されてきた“海峡を閉鎖し、人々を犠牲に捧げる”という最終局面に通じるイメージを、より強烈に示しています。さらに「惨宴」という言葉が付加されることで、彼らの暴挙がより一段と大規模かつ悲惨な方向へ動くことが予告されました。 実際、物語のクライマックスでは、防潮堤のホールを舞台にした大規模破壊と流血が起こり、御影当主は命を落として一応の“黒幕終焉”を迎えますが、そこでも多大な犠牲が生まれ、完全解決にはほど遠い結末を迎えます。天洋コンツェルンはまたしても“切り捨て”という形で責任を回避し、社会全体が闇を深く掘り下げるには至らない――まさに社会派推理の典型ともいえる終わり方です。 それでも主人公の都築や大迫、望月、安西宮司らが再び血の儀式を止めるために奮闘し、最後の最後で大虐殺を回避したことが、本作唯一の救いとも言えるでしょう。“いつか本当に夜明けが訪れるのか?”という問いはシリーズ恒例のまま残され、読後には苦い余韻が染み込む――それがこの『潮獄の惨宴』の結末です。
(了)
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