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以下は、これまでの十五作――
『潮満(ちょうまん)の刻(とき)』
『潮影(ちょうかげ)の残響(ざんきょう)』
『潮月(ちょうげつ)の黙示(もくし)』
『潮闇(ちょうやみ)の彼方(かなた)』
『潮燐(ちょうりん)の楔(くさび)』
『潮葬(ちょうそう)の刻印(こくいん)』
『潮痕(ちょうこん)の顕影(けんえい)』
『潮盟(ちょうめい)の咎標(とがしるし)』
『潮聲(ちょうしょう)の迷埋(めいまい)』
『潮暁(ちょうぎょう)の断罪(だんざい)』
『潮嵐(ちょうらん)の裁決(さいけつ)』
『潮刻(ちょうこく)の慟哭(どうこく)』
『潮嶺(ちょうれい)の黯(やみ)』
『潮境(ちょうきょう)の冥契(めいけい)』
『潮門(ちょうもん)の虚域(きょいき)』
――を踏まえた、第16作目の続編長編です。前作「潮門(ちょうもん)の虚域」で天洋コンツェルンが推進した“潮門ゲート”計画は、大きな流血と混乱をもって一応の頓挫を迎えました。しかし、企業と御影一族の全面的な闇が明るみに出たわけではなく、**桜浦神社(さくらうらじんじゃ)**や漁村には依然として不穏な空気が漂っています。果たして今度こそ、光浦海峡(こうらかいきょう)は真の安寧を取り戻せるのか。それとも、新たな狂瀾(きょうらん)がすべてをのみ込むのか――。
序章 再び逆巻く波
幾度もの血と陰謀に揺れた光浦海峡(こうらかいきょう)は、表向きには静けさを取り戻したかに見える。前作で暴走した「潮門ゲート」構想は頓挫し、天洋コンツェルンも企業イメージの回復に奔走している。 しかし、神奈川県警捜査一課の都築(つづき)警部補と地元署の大迫(おおさこ)刑事は、それが一時の沈黙でしかないと感じ取っていた。 異様な儀式や闇の利権を巡り、どれほど逮捕者が出ようと、なぜか全貌は暴かれずじまい。御影一族も完全に消え去ったわけではなく、その“当主”が意識不明のまま拘束されているとはいえ、一族の他の者たちの動向は依然不明。また、天洋コンツェルンの新役員らが「再出発」と称して打ち出す計画は、今度こそ合法的な手段で海峡を手中に収めるのでは、と疑う声が絶えない。 そして、漁村や桜浦神社(さくらうらじんじゃ)の周辺には、再び異様な噂が広まっている。「潮裂(ちょうれつ)の狂瀾(きょうらん)」――遠い昔から伝わる“最終の大破壊”を暗示するような言葉を耳にする者が増え始めたのだ。いったいこれは何を意味するのか。果たして、まだ血の連鎖が終わらぬというのか……。
第一章 複数の不審死
ある日、漁村近くの海で、天洋コンツェルンに勤める若手社員とみられる男性の死体が浮かび上がる。続けて、翌週には神社に出入りしていた研究者風の男性が崖下で転落死――それぞれ事故か他殺か不明瞭なまま、捜査も進まない。 都築は大迫に打ち明ける。「この二人は、それぞれ天洋の“新プロジェクト”に関わっていたという情報があるし、神社でも古文書の調査をしていた。関連性がまったくないとは思えない。こうも相次いで死ぬのは不自然だ」 しかし、警察上層部は「関連を立証できない以上、別々の事故として処理せよ」と指示するばかり。いつも通り、まともな捜査をさせてもらえない状況だ。 大迫は苛立ちを募らせる。「前作の“一件”を経て、上層部はかなり神経質になっているようだ。天洋とのバランスを崩す恐れがある重大捜査は避けろということか……」
第二章 暗躍する御影の影
一方、前作で拘束された御影家の当主は意識不明のまま病院にいるが、いまだ一族の残党と思しき者たちが各所で目撃される。桜浦神社の安西宮司からも「神社周辺で不審者の姿がしばしば見られる。夜になると石段に血の跡のようなものが……」と報告が届く。 安西は疲れ切った面持ちで言う。「これまで何度となく儀式を阻止してきたはずが、まだ闇は尽きない。今度は“潮裂の狂瀾”などという不吉な言葉も囁かれています。御影の者たちが再び、血の儀式を起こす気なのでは……」 都築は神社の裏手を調べ、あちこちに赤いペンキか血液か分からない染みや奇妙な記号を発見する。まるで“結界”でも作ろうとしているかのようだ。 大迫は唸る。「御影がまだ組織的に動いているなら、天洋と手を組む可能性もある。あるいは、今度はむしろ対立し、神社や漁村を巻き込む形で壮絶な抗争を引き起こす気かもしれない」
第三章 天洋の“潮裂”プロジェクト
そんな折、警察庁から出向中の鷹津管理官が都築に機密情報を伝える。「天洋の内部で、過激派が新たに“潮裂(ちょうれつ)プロジェクト”を進めているらしい。だが、上層部はそれを『旧来勢力の残滓』として認めず、積極的に排除しようともしていないようだ」 聞けば、そのプロジェクトは“潮門ゲート”の失敗を受け、新たな手段で海峡の潮流や地形を“強制変革”しようとしているとのこと。具体的には大規模な海底トンネルや地中配管、さらには人工的な渦流発生装置など、これまでも散見されたSFめいた技術プランが含まれる。 「要するに、海峡をさらに制御し、部分的に外部から隔離された空間――“狂瀾”の場を作り出すという。想像を絶する規模の計画だ。正気とは思えないが、過去に何度も血の儀式をやらかしてきた連中を侮れない」 大迫は呆然とする。「もう国策レベルの狂気ですね。どうしてここまでやるんだ。いったい誰がそれを後押ししているのか……」
第四章 不審な資金の流れ
地元紙記者の**望月(もちづき)**は、再び独自取材を敢行し、天洋コンツェルン周辺の資金動向を調べる。すると、海外の投資ファンドや政治家のパトロンらしき人物を経由した不自然な金の流れが見つかる。 「これは、次のプロジェクトに相当な資金が投入されている証拠です。大手ゼネコンや軍事関連企業が関与しているという噂もある。まさか、“潮裂プロジェクト”は単なる観光や海洋技術のレベルを超え、もっと大規模な“何か”を狙っているのでは?」 都築は望月からデータのコピーを受け取り、鷹津や大迫と検証するが、法的に追及するには不十分な材料しか得られない。裏を取ろうにも、高い壁が立ちはだかる。 望月はくちびるを噛み、「私がネットで公表するしかないのでしょうか。でも、また前作同様、圧力で拡散が抑えられるかもしれない。それに、今回は企業だけでなく政治や外国の力も見え隠れしている……」
第五章 “狂瀾”の伝説
桜浦神社の安西宮司は、神社の奥に眠る古い記録を整理し、“狂瀾”という言葉が古くから使われていたことを突き止める。 > 「※古来より、海峡を荒れ狂わせる“狂瀾”が訪れしとき、百人の血を捧げて潮裂を行うべし。さすれば新たな時代が到来する――」 都築がその一節を読み上げ、絶句する。「百人の血を捧げる……これこそ“大規模な生贄”を意味するのか? もし連中が本気で実行するなら、ここ全体がテロの舞台と化す恐れがある……」 大迫は拳を握り、「まさか一気に漁民や神社関係者を“祭壇”にするなんてことがあり得るのか? 近代に生きる人間の所業じゃない……」と震える。 しかし過去にも、小規模とはいえ何人もの犠牲者を出し、幾度か巨大な儀式的犯罪を遂行してきた勢力がいる。今回、莫大な資金と技術が加われば、一気に“百人規模”でも不可能ではない、というリアリティが否応なく迫ってくる。
第六章 再び動き出すゲート構想
前作で破壊された“潮門ゲート”の残骸は放置されているが、天洋が新たに「第2ゲート」の建造を画策しているという噂が走る。ゲートではなく、“潮裂トンネル”と呼ばれる地下空洞を先に作り、それを地上部分と結合させて“門”として再稼働するという。 都築と大迫は、この計画がまさに“狂瀾の場”を生み出す要となるのではないかと推測。そこに百人規模の人々を集め、一気に崩落や水没を引き起こすテロ行為――いわば“生贄”に仕立てようとしている可能性を感じ取る。 しかし、警察の上層部は相変わらず非協力的で、「民間企業の新技術開発を妨害する根拠がない」との立場だ。いつもながら都築と大迫は独力に近い形での調査を強いられる。
第七章 夜の対峙、漁村の決起
ある夜、天洋の工事エリアへ漁民の一部が強行突入を試みるが、警備員と衝突し、数名が負傷する騒ぎが起きる。ニュースでは「漁村の暴走行為」と報じられ、むしろ地元側のイメージが悪化。 そんな苦しい状況で、大迫は漁民リーダーの木島に「今は正面から挑んでも企業の思う壺。裏で計画の証拠をつかみ、世論を味方につけるしかない」と説得する。 都築は「僕と大迫、そして望月や安西宮司と一緒に動きたい。必ず実態を掴んでみせるから、それまでは不用意な突撃は控えてくれ」と懇願する。木島は悔しそうに承諾し、「だが、俺たちの怒りは限界だ。裏切ったり、無駄に終わらせたりしないでくれよ……」と念を押す。
第八章 意外な協力者
都築と大迫の元に、以前から断片的に情報を提供していた天洋関係者・**木澤(きざわ)**が再度コンタクトしてくる。彼は近ごろ、会社内部で「潮裂の聖域を創る」という怪文書が複数回やり取りされていることに気づいたという。 「どうやら、一部の幹部は“潮境ゲート”の失敗に懲りず、もっと秘密裏に地下トンネルや海底空間を建造しようとしている。そこに“御影の血統”を迎え入れ、何か大規模な儀式を起こすつもりらしい」 木澤はあくまで匿名条件で情報を渡し、「これ以上関わると自分の身が危ない」と告げると足早に去る。大迫はその背中を見送りながら、「いよいよ最終局面かもしれない……」と戦慄する。
第九章 日没からの狂瀾
そして運命の夜が訪れる。海峡沿いの地下工事が一部公開されるという名目で、一部メディアや研究者が招かれることになる。しかし、望月は招かれず、代わりに“新興メディア”を名乗る不明人物が潜り込むらしい。 都築と大迫は、漁民リーダーの木島、神社関係者の一部を連れて現場に接近。日没後、工事現場の照明が怪しく輝く中、深い掘削トンネルの入り口に集まる人々の姿が見える。 そこには謎のローブを纏った者たちがうごめき、異様な雰囲気が漂う。御影当主の姿は確認できないが、彼らの背後には天洋のスタッフも混じっているようだ。まさに企業と秘儀の結託が再現されている。 闇の中、何者かが銃声を放ち、周囲がパニックに陥る。都築と大迫は決死の思いで飛び込み、警笛を鳴らすが、ローブの連中が一斉に襲いかかってくる。漁民たちも必死に抵抗する。 遠くで大きな水音が響き、トンネルの奥からは激しい水流が噴き出す――どうやら仕掛けられた爆破で海水が流入し、まさに“狂瀾”とも呼ぶべき水の塊が進んでくるようだ。
第十章 潮裂の果て
激しい乱闘の中、ローブの首領らしき人物は高らかに叫ぶ。「これが“潮裂の狂瀾”だ。百人の血をもって新時代の門を開くのだ……!」 しかし、都築と大迫の抵抗もあり、彼らが拘束していた見学者たちは解放され、漁民や神社メンバーも無事避難を始める。噴き出す海水がトンネルを飲み込み、計画された儀式は混乱で頓挫しかける。 流れを食い止めようとしたローブの連中の一部は水流に巻き込まれ、絶叫を上げて闇に消える。首領は最後の力で何かのスイッチを押すが、装置は破損して動かない。結局、地下空間は自滅的な水没を迎え、多くの被害者を出しつつも、完全な“儀式”には至らず崩壊していく。 都築と大迫は辛うじて意識を保ちながら、外に出たところで鷹津管理官の応援が到着。銃器や火薬を所持していた犯人グループが続々逮捕される。天洋の新役員たちはまたしても「一部社員の暴走」と責任を切り離す姿勢を見せ、何人かが連行されるが、闇の全容は見えないまま。 結局、海水に呑まれた地下トンネルは封鎖され、“潮裂の狂瀾”は文字通り自己崩壊を遂げたかに見えた。
エピローグ 行きつく先の果て
夜が明けきる頃、海峡は静まり返り、破壊された施設の残骸がわずかに水面に浮かんでいる。漁村の人々や桜浦神社の関係者は疲れ切った表情で、それでも生き残ったことに安堵しあっていた。 「また多くの血が流れた……。でも、最悪の大惨事は回避できたかもしれない」と大迫は地面にへたり込む。都築は応援部隊に後処理を任せつつ、曇り空を見上げる。 天洋コンツェルンは今回も上層部が何人かの“暴走”を切り捨てる形で事態を沈静化させようとするだろう。御影一族の当主は行方不明、ローブ集団も首領以外は沈んだまま――最終的に真相が公になることは期待薄だ。 「いつも同じだが、我々はまたしても“部分的”にしか止められなかった。けれど、儀式を成功させずに済んだのは大きい。少なくとも今は、これ以上の血が流れるのを防いだ」と都築は言葉を絞る。 望月は病院からニュースを追いかけながら記事を執筆中だが、どこまで大衆に受け入れられるか分からない。安西宮司も再び負傷し、神社の存続に暗雲は尽きない。 潮裂(ちょうれつ)の狂瀾――海峡を裂き、大量の生贄を捧げるという悪夢の計画は阻止された。しかし、長く連なる血の習俗を断ち切るには、あまりにも巨大な利権と邪悪な意志が絡み合っている。 朝陽が弱々しく雲間から射すなか、都築は濡れた身体を震わせて立ち上がる。「まだ終わっていない。でも、少しずつ前へ進んでいると思いたい……」 静まった海に立ち込める淡い光。そこには幾度も血を啜ってきた闇が潜んでいるものの、漁村の人々の営みや神社の祈りが断ち切られることはない。いつかこの海が本当の安寧を得る日まで、まだ戦いは続くだろう。
あとがき
第16作『潮裂(ちょうれつ)の狂瀾(きょうらん)』は、前作「潮門(ちょうもん)の虚域」で暗示された天洋コンツェルンのさらなる陰謀と、御影一族の復活を巡る攻防を描きます。海峡を“裂く”という表現が示すように、今回は一段と過激な形で“血の儀式”が行われる寸前となり、大規模テロに近い危機が訪れました。 しかし、主人公たち(都築・大迫、望月記者、安西宮司など)が寸前で踏みとどまり、これまでも続いてきた「古来の秘儀と現代企業の癒着による殺戮」をまたしても“部分的”に阻止するという展開になります。反面、天洋という企業体や政治の後ろ盾、御影一族の全容解明には至らず、血の歴史を根絶できないまま終わる――というのが、社会派推理の宿命的な帰結とも言えるでしょう。 今回のキーワードである「潮裂の狂瀾」は、海峡を物理的・象徴的に“裂く”ことで大量の血を捧げ、新たな支配と秩序を生み出そうとする狂信的構想を指します。多くの殺傷行為や破壊工作を伴いながらも、最後は自滅に近い形で崩壊する点に、このシリーズの“負の連鎖”の一面が伺えます。 とはいえ、前作から続く救済の火種も、ほんのわずかに残されています。闇に抗う捜査官や記者、神社や漁民たちが連帯を深める様子がうかがえ、次なる戦いへ向けて“小さな一歩”は確かに踏み出されている。それがいつか大きな突破口になるのか、またしても新たな陰謀に飲み込まれるのか――そこは読者に委ねられた“余韻”として、本作は幕を下ろします。
(了)
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