以下は、これまでの十四作――
『潮満(ちょうまん)の刻(とき)』
『潮影(ちょうかげ)の残響(ざんきょう)』
『潮月(ちょうげつ)の黙示(もくし)』
『潮闇(ちょうやみ)の彼方(かなた)』
『潮燐(ちょうりん)の楔(くさび)』
『潮葬(ちょうそう)の刻印(こくいん)』
『潮痕(ちょうこん)の顕影(けんえい)』
『潮盟(ちょうめい)の咎標(とがしるし)』
『潮聲(ちょうしょう)の迷埋(めいまい)』
『潮暁(ちょうぎょう)の断罪(だんざい)』
『潮嵐(ちょうらん)の裁決(さいけつ)』
『潮刻(ちょうこく)の慟哭(どうこく)』
『潮嶺(ちょうれい)の黯(やみ)』
『潮境(ちょうきょう)の冥契(めいけい)』
――を踏まえた、第15作目の続編長編です。前作「潮境の冥契」で、天洋コンツェルンの“潮境ゲート”計画が公表され、海峡を物理的に仕切ることで“秘儀”を再興しようとする暗い企みが予感されました。漁村や神社との対立は一触即発となり、さらには逮捕されたはずの御影一族の当主が何者かによって連れ去られ、「潮境の冥契」はなお未完のまま。そんな中、新たな暗雲が光浦海峡(こうらかいきょう)を覆い始めます。
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序章 閉ざされゆく海
光浦海峡には早朝の白い霧が立ちこめ、視界はわずか数十メートル先も霞んでいる。前作『潮境(ちょうきょう)の冥契(めいけい)』で打ち出された“潮境ゲート”計画は、一見華やかな未来都市構想に見えるものの、実際には海峡を二分し、企業や一部勢力が独自に出入りを管理できる――いわば“独立領域”を作り出す狙いがあると警戒されていた。 警視庁捜査一課の都築(つづき)警部補は、地元署の大迫(おおさこ)刑事とともに状況を注視している。天洋コンツェルンは「地域住民との対話を深める」と公表しているが、その裏では漁村の抵抗運動を解体する工作や、桜浦神社(さくらうらじんじゃ)の秘宝を狙う者たちの動きが活発化しているらしい。 さらに、“潮盟(ちょうめい)”や“潮暁(ちょうぎょう)”の流れを汲む御影一族も完全には壊滅しておらず、どこかで次の儀式の準備を続けているという噂が消えない。 こうして海峡は、外から見ると平穏ながら、霧の奥底に不穏な暗黒を孕み続けている。「潮門(ちょうもん)の虚域(きょいき)」――それは、まるで閉ざされゆく海の未来を暗示する言葉のように、徐々に人々の間で囁かれ始める。
第一章 謎の沈没と封鎖
ある日の夕刻、小型漁船が海峡中央部で沈没し、乗組員が行方不明になる事件が発生。現場付近には漂流物や油の痕跡があり、事故なのか、意図的な破壊なのか判然としない。 現場へ駆けつけた都築と大迫に、地元漁師の**木島(きじま)**は言う。「あそこは、例の“潮境ゲート”の工事区域に近い場所です。もしかすると、工事に抗議していた漁師が狙われたんじゃ……」 しかし、天洋コンツェルン側は「我々の工事海域とは無関係。むしろ監視カメラで漁船が勝手に接近した様子が映っていた」と反論。上層部も「事件性を断定できない」として動きを鈍らせる。 だが、漁民たちの間には恐怖と怒りが増幅していく。一方で、警察が取り調べようにも、天洋が敷いた“作業エリア”は立入制限が厳しく、容易には検証できない。まるで海峡の一部が既に“企業領域”と化しているかのように。
第二章 桜浦神社への圧力
安西(あんざい)宮司を支える神社関係者が次々と怪文書や脅迫めいた電話を受け、「神社は余計な口出しをするな」「潮門(ちょうもん)開放の障害になるなら排除する」といった文言が飛び交う。 前作ですでに安西は襲われ重傷を負ったが、一命を取り留めて復帰しようと頑張っているところだ。だが、こうした脅しにより、神社内部では“もうこれ以上関わらずに、天洋に協力したほうが安全では”と日和見する声も出始める。 大迫は憤りを露わにする。「神社までもが、あたかも企業に従属させられる形になるのか。潮暁の儀式だとか、今までの血の歴史を繰り返す気なのか……」 都築は安西と会い、「たとえ周囲が日和見しようとも、われわれは最後まで対抗を続けます。まだ御影一族の残党や新天洋体制の中枢部の動きを押さえられていないが、必ず糸口を見つける」と誓う。
第三章 望月の“虚域”報道
地元紙記者の**望月(もちづき)**は、リハビリを終え復帰を果たしたばかりだが、早速「潮門計画の虚実」を追う特集記事を準備している。だが、編集部から「企業や広告主への配慮」を要求され、なかなか核心に迫る原稿は通らない。 それでも望月は諦めず、匿名ブログやSNSを通じて、“潮門ゲート”が海峡を二分し、一方を“虚域”とすることで密貿易や儀式的行為を合法化する危険を指摘する。 これに対し、天洋やその関連組織からは「陰謀論を煽る根拠のないデマ」と非難が殺到。望月は嫌がらせを受け、自宅付近で不審者に尾行されるなど、不安な日々を送る。 都築は彼女を励ましつつ、「あなただけが頼りでもある。メディアとして注目を集めることで、企業が強行しづらくなる可能性がある」と告げる。 望月もうなずきながら、心中の恐怖を振り払い、「何があろうと、書くべきことは書きます」と決意を新たにする。
第四章 御影一族の残党、再び
そんな中、警察が押収した御影家関連の資料を再点検していた大迫は、**「潮境の虚域」**というフレーズが古文書の断片に記されているのを発見する。そこには「門を開き、海峡を二つに断つとき、骨と血が冥契を成し……」という凄惨な文言が続いている。 これはまさに、天洋が目指す“潮門ゲート”の建設と重なるイメージだ。しかも、そこに“骨と血”が必要というのは、要するに人柱――あるいは大量殺戮を伴う儀式的要素を強く示唆している。 御影家の当主は行方不明のまま。だが、断片的証言によれば「かつての御影には“門主(もんしゅ)”と呼ばれる役割があり、門を開閉することで潮の運命を司る権能を得る」という伝承があるらしい。 都築は言葉を失う。「企業の最先端技術と、古代の血の儀式が結びついたら、どんな惨劇になるか想像もできない。まさに“潮門の虚域”――この計画は社会を恐怖に陥れる可能性がある」
第五章 漁民反乱と作業強行
時を同じくして、天洋コンツェルンが発注する作業船団が、海峡中央付近で大掛かりな基礎工事を始める。漁民たちは漁場を蹂躙されるとして激しく抗議し、一部過激派が船団に乗り込もうとするなど、暴力的な衝突が起きかける。 警察は“秩序維持”の名目で漁民側を制止、しかしこれにより住民の反感はさらに高まる。メディアでは「正当な工事を妨害する極端な漁民グループ」と報じられ、天洋に同情的な空気が広がる。 「やはり上層部は企業と結託しているんでしょうか……」と大迫は苦悩する。都築も「今の警察は、あくまで“暴力衝突”を防ぐことに注力しているだけ。企業の背景を捜査する気はないらしい」とやるせなく呟く。 そうして混迷するうち、工事は着々と進められていき、門を設置する土台と思しき巨大コンクリート構造物が海中に沈められていく。闇のプロジェクトが目に見える形になり始めたのだ。
第六章 神社からの呼び出し
ある深夜、桜浦神社の安西宮司が都築と大迫を神社裏手に呼び出す。そこには、安西が密かに管理していた古い石版の一部があり、「潮境」の文字とともに、かすかな彫り込みが見つかったという。 「これは、かの“潮盟”が制定された際に彫られた石版の断片らしく、“門を開く日”にまつわる儀式が詳述されているらしい。御影家はこれを捜し求めていた可能性があります」 安西が指差す彫刻には、まるで門のような形状と人間の姿が描かれ、そこには鎖に繋がれた何者かが海へ沈められている。 「門を開くためには、ある“代償”が必要――たとえ現代的なテクノロジーで門を築こうとも、この伝承を信じる連中は実際に人柱的な犠牲を出すだろう……」 都築は恐怖に背筋を震わせる。「いわゆるファンタジーではなく、実際に“血の儀式”を取り込んだ建造物を完成させようとしているのか……」
第七章 警告と口封じ
事態が緊迫するなか、望月が再び命の危険に晒される。彼女のもとに脅迫メールが届き、「余計な記事を書き続けるなら、二度目は助からないぞ」「古代の法を冒涜する愚か者め」などと挑発的な文言が並ぶ。 望月は怯えつつも、「ここで筆を折ったら、また同じ悲劇が繰り返される。私は負けない……」と都築と大迫に誓う。だが、その翌朝には彼女の自宅が荒らされ、パソコンが破壊されるなどの嫌がらせが生々しく行われていた。 都築は迅速に現場を確認し、指紋や足跡を調べるが、犯人は痕跡を残さないプロの手口を見せている。周囲の防犯カメラにも怪しい人物は映っていない。 大迫は拳を握り、「こんな嫌がらせを続けるのは天洋か御影か、あるいは両方が結託しているのか……。もう時間がない。今度こそ犠牲者が出る前に止めないと」
第八章 門の“封鎖”と海峡の消失
ついに“潮門ゲート”の一部が海面上に姿を現し、試験的に稼働するとの発表がなされる。新聞やテレビは「世界初の海峡分断技術」「観光目玉」ともてはやすが、漁民や神社、そして都築たちは戦慄を感じる。 もしこのゲートが本格稼働し、さらに“人柱”を伴う秘儀が行われれば、海峡の一部は事実上の“虚域”と化し、外部からは立ち入りできない閉ざされた海となるだろう――。 都築は鷹津管理官に直接掛け合い、「今こそ強制捜査を行うべきだ」と訴えるが、上層部は「まだ違法性を立証できない」と腰が重い。もはや法や制度が追いつかないほど、企業と謎の儀式が融合しているのだ。
第九章 迫り来る決行日
内部情報によれば、ゲートが完全運用される日に合わせ、御影や天洋の一部過激派が“潮境の冥契”を完遂するらしい。そこでは儀式の名目で多くの人間が海へ沈められる計画――半ばテロに近い行為が準備されている可能性が高い。 都築と大迫は「もう正攻法では間に合わない」と判断し、漁民や神社の協力を得て、強行的な潜入と証拠押さえを画策する。望月も「私も行きます」と申し出るが、二人は「あなたは安全圏から発信してほしい」と説得する。 「我々が撮った映像や資料を受け取ったら、すぐにネット配信やマスコミルートで世に出してくれ。それが唯一の抑止力になるかもしれない」と都築は頼む。 望月は涙ながらに頷き、「くれぐれも気をつけて……もうこれ以上、犠牲が出るのは耐えられない」と言葉を詰まらせる。
第十章 虚域と血の果て
決行日、海峡には朝から重い雲がたれ込み、風が唸っている。ゲートの試運転が開始され、海面が徐々に上下動を見せるなか、都築と大迫、そして地元漁師らはボートで密かに接近する。 そこには御影の当主らしき男の姿があり、さらに天洋の新役員・中村も立ち会っている。巨大なゲートの前には祭壇のような台が設置され、数名の人影が跪かされている――まさか人柱にするつもりか。 隙を見計らって都築たちが一気に突入しようとした瞬間、周囲の作業員や警備員が銃やナイフを構え、激しい乱闘が始まる。漁師たちも怒りを爆発させ、殴り合いと悲鳴がこだまする。 「これ以上はやめろ! 警察だ!」と都築が叫ぶが、御影の当主は狂気の眼差しで笑う。「遅い……門は既に閉ざされた。この海は我らが支配する“虚域”となるのだ!」 しかし、その直後に鳴り渡った警笛が混乱を断ち切る。鷹津管理官が護送隊を率いて強行突入し、警備員らを一気に制圧する。どうにか人柱にされそうだった人々を救出することに成功したが、当主は弾を受けて倒れ、意識不明となる。中村も取り押さえられたものの、「我々はただ事業を行うだけだ」と弁解を繰り返し、罪を御影に押し付ける形を取ろうとする。 混乱のさなか、ゲートの制御装置が半壊し、海水が勢いよく流れ込んだ。船や作業台は流され、都築たちも転落寸前で踏みとどまる。まさに海峡の一部が狂ったように荒れ、そこには血と絶叫が渦巻いていた。
エピローグ 残された闇と希望
夕刻、どうにか騒ぎは収拾され、警察が現場を封鎖。天洋コンツェルンは「一部社員の暴走」を強調する声明を出し、中村ら数名は逮捕された。ゲート構造も大きく破損し、事業は無期限停止となる見込みだ。 新聞やテレビはこれを「漁民との衝突による事故」と報じ、深い儀式的背景にはほとんど触れない。望月が発信したネット記事は注目を集めるものの、企業や政治の圧力によって拡散は局所的に留まる。 都築と大迫は無力感に苛まれながらも、人柱にされかけた人々を救った事実にわずかな救いを見出す。漁師や神社、地元の人間たちも「最悪の大惨事は防げた」と胸をなでおろすが、傷は深く、再建は容易ではない。 「“潮門の虚域”……確かに一度は開かれかけた門は、これで潰れた。しかし、闇のルーツは完全には断ち切れていない。結局、御影や天洋が最終的にどこまで繋がっていたのか、全貌はまだ闇の中……」 大迫がそう呟くと、都築は曇り空を見上げ、「毎回同じことを言っているようだが、それでも俺たちは諦めるわけにいかない。この海峡を二度と“血の祭壇”にさせないために……」と、静かに語る。 波の音が、少しだけ穏やかに響く夕暮れ。桜浦神社では安西宮司が祈りを捧げ、望月はまだ残る恐怖を振り払いながらペンを握っている。 海峡は“閉ざされた門”の残骸をかすかに見せ、暗い潮流を孕みつつも、いつか新たな朝を迎えるのだろうか――。潮満以来、長く続いてきた闇の歴史に、真の区切りが訪れる日は来るのか。 血と陰謀の跡を洗うように、夜の帳が静かに降り始め、海風は低い唸りを帯びたまま吹き続ける。
あとがき
第15作目となる本作『潮門(ちょうもん)の虚域(きょいき)』では、“潮境ゲート”という人工的な仕掛けを用いて、海峡をいよいよ二分する計画が本格始動しました。企業・天洋コンツェルンの先端技術と、古来の秘儀(潮盟・潮暁)の伝統が結びつくことで、壮大な社会実験の皮を被ったテロ・儀式的暴力が行われる――という構図が描かれています。 タイトルにある「虚域」とは、まさにこの海峡が“誰も立ち入れない閉ざされた領域”となり、法や常識の及ばぬ場所で血の儀式を完成させる、という暗黒の計画を象徴しています。都築・大迫らが命がけで阻止しようとするも、大きな利権や政治的圧力が妨げとなり、またしても多くの流血と惨劇がもたらされる結果に。 最終的に暴走は止められ、“潮門ゲート”も破壊されましたが、その背後関係(天洋コンツェルンの上層部や御影一族のすべて)が解明されたわけではなく、一部は依然として闇に沈んでいます。前作まで同様、社会派推理のエッセンスとして、“完全解決”には至らないまま、結末に仄暗い余韻を残します。 しかし、望月記者の報道によって、企業と秘儀の結託が完全な秘密ではなくなりつつある点、また桜浦神社や漁民たちが少しずつ結束を高めている点など、シリーズを通じて少しずつ“変化”も感じられる結末となりました。 海峡にはまたしても深い影が落ち、しかし同時にわずかな光も射す――「いつか、この海は本当に解放されるのだろうか」という問いを読者に投げかけながら、本作は幕を下ろします。
(了)
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