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山崎行政書士事務所

防災と再生




町が崩れた。 あの晩、暗闇の中で激しい揺れがやってきたとき、私はただ書類の山の前で立ちすくんでいた。どこかで瓦礫の崩れる轟音が聞こえ、電気は一瞬で落ち、部屋は真の闇に沈んだ。 翌朝、薄暗い曇天の下、外へ出ると、いつもの道がまるで見知らぬ場所になっていた。倒れた家々、赤いテープで囲まれた危険区域。目に入る光景すべてが、私の気力を根こそぎ奪い去るようだ。

 私は行政書士として、災害時の手続きを支援することになった。 住民たちの戸籍の再発行や、仮設住宅の申請――法手続きが山積みだ。けれど、そんな書類の羅列が、果たして彼らの失った家や愛すべき人々を取り戻すことなどできるのだろうか。 避難所として使われる体育館には、床に敷かれたブルーシートの群れが一面に広がる。人々は輪になって座り、ただうつむいている。涙すら枯れたかのように、無言のままじっとしている者もいる。 ときおり、誰かがふと顔を上げ、私に話しかける。「先生、この紙、どう書いたらいいの?」――私が答えようとするたびに、自分の声がどこか他人事のように聞こえてくる。まるで冷めたスープの味が口の中で広がるみたいに、味気ない。

 ある高齢の婦人に、私は財産被害の申請を促した。 彼女は「家を失ったわ……」と小さく呟き、「わたしの思い出も、全部ね……」と続けた。声の底には憔悴しきったあきらめと、ほんの微かな希望が混じっている。 「書面だけで救われるのか?」――私の中で唐突にそんな疑念が湧く。いや、法がなくては混乱が増すだけだ、と自分に言い聞かせながらも、胸の奥では冷たい無力感が広がっていく。

 さらに、別の場所では家族間の争いを見た。 “どの財産が残っているのか”、“誰が相続する権利があるのか”――そんな言葉が飛び交い、避難所の隅で醜く激昂し合う人々。震災の被害でバラバラになった家が、さらに人の心も分断してしまったかのようだ。 私は彼らを仲裁するでもなく、書類を示して「一度整理しましょう」と促すだけ。なぜそれがこんなにも虚しい行為に思えるのだろう。 彼らの視線には“助けてほしい”という痛切な訴えがあふれているはずなのに、私の提示する書類は紙一枚でしかなく、心を救うことはできない。それでも“これも私の仕事”と自分に言い訳するように、書面を指し示すことを繰り返す。

 一方で、ボランティア活動に熱心な若者とも出会った。 彼は半ば眠っていないような姿で物資の仕分けをしながら、手伝いに飛び回り、「先生、書類ばっかりに没頭しないで、実際に瓦礫をどかすのも手伝いましょうよ」などと言ってくる。 その言葉に私は不覚にもドキリとした。書類作成こそが自分の仕事だと自負してきたが、彼の真摯なまなざしを前にして、ただ一言も言い返せず、まるで背中を撃たれたように胸が痛む。何かを取り戻すように一緒に瓦礫を動かしてみても、そこに広がるのは無数の破片――人の生活を象徴する残骸だ。

 そして夜が来る。 避難所の照明は最低限しか灯らず、人の息遣いが闇の中でざわざわと漂う。私は書類の山を抱えて隅の方でうずくまり、頭の中をわけのわからない思考が行き来する。「法で守る? 何を守る? この惨状で誰が助かるんだ?」 記憶の底が揺さぶられ、私までが被災者のように思えてくる。否、その程度の痛みさえ共有できているのか、あやしいものだ。ふと虚しさがこみ上げ、笑いそうになった。いや、笑うことすら空しく感じる。

 それでも朝は来る。 光が差し込んだ体育館を見渡すと、ボランティアの若者が疲れきった表情で起き上がり、被災した高齢者がゆっくりと所在なげに床を見つめる。それぞれが生きるために小さな希望を手繰り寄せているのだろうか。 私は再び書類を抱え、「これから役所に提出します」と告げる。小さな声で「お願いします」と返事してくれる人々。その息遣いに微かな未来が宿っているようにも思えるのだ。 「法がすべてじゃない。だが、法を通じてしか救えない人もいる。……結局、私にはどこまで役立つのか?」 朝の光が鋭く瞳を刺し、いつしか私は自分の足元を見つめている。そこには亀裂のような影が落ちていて、あたかも私の心を切り裂いているかのようだ。

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