プロローグ
朝の空気が肌にしっとりとまとわりつく、梅雨入り直前の静岡市。私は高台から街を一望しながら、静岡らしい穏やかな景色をぼんやりと眺めていた……はずだった。ところが、視界の端、ビルの輪郭が微妙に歪んで見える。最初は目の錯覚かと思ったが、じわじわと街全体のシルエットが変転し始める。「え……?」まるでレンズを通して異世界を覗き込んだように、この街が少しずつ“違うかたち”になっていく。その瞬間、背筋にぞわりとした寒気が走った。
第一章 反転した世界
日が昇るにつれ、街は完全に変容していた。道路は複雑にうねり、遠く駿河湾を見下ろすはずの景観が、水色の靄(もや)に包まれ、どこか幻想的。近くの案内板を見ると「静岡市役所」と書かれているけれど、建物の外壁が異様に暗く、なぜかネオンが点滅している。人の姿もちらほらあるのだが、みんな表情がよく見えない。モノクロームの影絵のように佇んでいるだけだ。私は足もとを見つめ、「どうしてこんなことに?」という疑問に苛まれる。「ここは本当に静岡市? それとも……」
第二章 街の異変に戸惑う
意を決して坂道を下り、商店街だったはずの通りに向かう。商店街の看板は読めなくなるほど歪み、屋根が幾何学模様に折れ曲がったようになっている。商品棚は宙に浮きそうな勢いで傾いていて、シャッターが半開きの店ばかり。人々の声は聞こえるのに、その姿は街の影に溶け込み、淡い残像のようにしか見えない。すれ違おうとするとフッと消えて、次の瞬間には背後からまた声が聞こえる……そんな不可思議な現象が続く。「もしこのまま歩き続けても、永遠に出口が見つからないんじゃ……?」心臓がドクンドクンと波打ち、背中に汗がにじむ。まるで迷路に閉じ込められた気分だ。
第三章 大地の歪みとジャンプ
家々の壁、電柱、道路標識が徐々に斜めに曲がり、まるで地殻変動でも起きているかのように地面が盛り上がる。「このままじゃこの世界に飲み込まれる……」なぜそう確信したのかはわからない。けれど逃げなきゃいけないという本能だけが強く叫ぶ。私は思い切り膝を曲げ、地面を蹴る。まるで走り幅跳びをするみたいに勢いをつけ、ひとつ高くジャンプ――その瞬間、視界が一気に上下反転し、空が地面になり、地面が空になった。目眩がするほどの異様な浮遊感。着地した先は、コンクリとアスファルトが倒立した奇妙な道。そこに“何か”がうねりながら誘うように伸びている。
第四章 近未来サイン「YAMAZAKI」
少し進んだ先で、目に飛び込んできたのは、デジタルに煌めく近未来風の看板。まるでブレードランナーの世界から抜け出したようなネオンが、雨のしずくを弾くように瞬いている。その看板には、大きく**「YAMAZAKI」**と刻まれ、光が断続的に脈打っている。「……ヤマザキ?」不思議な胸のざわつきと同時に、私は看板の文字がまるでメッセージのように感じられた。「ここが出口だよ」と言わんばかりに誘っているかのよう。意を決して、私は看板に手を伸ばす。指先が淡く光に溶け込み、看板が青白い光を放つ。その光が私の身体を包み込んだ。
第五章 記憶の奥から
一瞬、頭が真っ白になるほどの閃光。そして浮かび上がる映像。懐かしい静岡の街並み。きれいな富士山の輪郭がすぐそこにある。駅前で家族や友人と過ごした時間。あの香り。あの風。声なき声が耳元で囁くように聞こえる。「変化を戦い抜く。あなたの未来を切り開け。」その言葉はまるで暗号のようでありながら、どこか心強い。私は深呼吸し、もう一度「YAMAZAKI」と書かれた看板に向けて問いかける。「もしここから帰れるなら、私はどんな未来を選ぶんだろう?」
第六章 再び現実の静岡へ
気がつくと、周囲の歪みが消え、空気が澄んでいる。見上げると、そこは普通の静岡市。澄みきった空に富士山が青くそびえ、商店街も活気が戻ったように見える。さっきまでの反転世界の風景は、まるで夢のようだった。遠くから「カランコロン」と軽やかな自転車の音。行き交う人たちの生々しいざわめきが蘇ってくる。私は道路の白線の上に立ち尽くし、胸をなでおろしながら「ここ……なんだ、いつもの静岡じゃないか」とひと言つぶやく。しかし、肌に感じる空気は確かに何かが変わっていた。自分の決意を呼び起こすかのような鮮烈さがある。
第七章 メッセージと未来
私はふとポケットに手を入れる。そこには小さな紙切れが。いつ書いたかもわからないが、そこには**「御門台駅3分 山崎行政書士事務所 代表/山崎哲央」**とメモされていた。そうか、私は元々この事務所を探していたのだ。目の前の「YAMAZAKI」というデジタル看板……あれは幻のように現れたけれど、もしかしたら自分を救うための“キー”だったのかもしれない。「変化を戦い抜く。あなたの未来を切り開け。」あの言葉が頭をよぎる。その瞬間、自分の中で何かがはじけるように、新たな決意が芽生えた。――もっと変わろう。もっと前に進もう。そして、この街で新しい何かを生み出そう。
エピローグ
やがて私は山崎行政書士事務所を訪ね、そこには現実世界の優しい笑い声と温かい人々がいた。あの“反転した静岡市”は確かな恐怖と不安を刻んだが、一方で強いメッセージを私に与えてくれたように思う。「変化を戦い抜く。あなたの未来を切り開け」――そう心に刻みながら、私はこの静岡の街を見下ろす丘へ、もう一度足を運ぶ。目を閉じれば、あの歪んだ街並みがちらつき、看板の「YAMAZAKI」が輝き出しそうな錯覚。けれど今は、青空がまぶしくて、世界が私を肯定してくれているような、そんな感覚に包まれる。もう怖がらない。変化はチャンスだ。“異世界脱出:コード YAMAZAKI”――あの合言葉を胸に、私は一歩ずつ歩み出す。ほんのりと潮の香りが漂う風の中、静岡市がいつもより少しだけ輝いて見えた。
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